2006年10月26日 (木)

チラシ配りと教室

今日はほぼ一日チラシ配りというか、ポスティングをした。

教室が、大倉山、二子新地、自由が丘とあるが、わしの教室は儲かって儲かって仕方ないので支店を出しましたというのじゃぜんぜんない。

あんた本当に経営コンサルタントだったの?と言われるぐらいにアバウトです。おかげで苦労してます。はい。

まあ、そこで、今日は一日自由が丘界隈の各ご家庭に、土丸の存在をお知らせしようと、せっせと配ったのだ。

今日は良い天気だった。朝方は曇りがちの上にけっこうまだ風も強く、肌寒く感じていた。昼近くになると、まさに雲ひとつない快晴。さわやかで、まさにポスティング日和。

最近、土丸のスタッフになったハルちゃんとエリアを分担し、歩く歩く。

わしは、これがけっこう好きなのだ。わしは無目的な散歩というのができない。チラシを配るとなると、けっこうくまなく歩くので、いろんな発見がある。

自由が丘界隈だと、なんだかよくわからない雑貨屋みたいなのや服屋みたいなのがいっぱいあるが、それらは全部無視。無視。無視。虫。

銭湯があった。ほえー自由が丘に銭湯かい。と驚いた。ぜひ今度来て見よう。

少し早足でポスティングしていくと、買い物帰りのおばさんとほぼ同じスピードになる。なんだか、こちらをちらちら見ているので、チラシを渡してあげた。

「園芸ですか」「陶芸です。」こりゃ絶対に来ないな。

少し古びたアパートの1階の窓で、おじさんが太陽に向かって手を広げている。なんだと思って見ると、孫のものと思われる女の子の服を手でかざしている。意味がわからんが、とりあえずひまそうなのは確実なので、チラシを渡す。

「こんにちは」「おほっ」「陶芸教室ですけど。」「おほほほほ」  なんなんだ。

お花の教室をやっていると思われる家の郵便受けに、チラシを入れようとした瞬間、戸が開いて、女の人が二人出てきた。年配の方に、チラシを渡す。先生らしい。とても上品そう。

「どこにあるの?」「あっちです。」「緑地帯の横?」「その一本向こうです。」「あら、そう」

先生は、「陶芸はいいわねえ。」とおっしゃると、もう興味をなくしたのか、お弟子さんにチラシを「はいっ」と渡した。ごみじゃないんですけど。

郵便受けに入れていくと、たまに町内会の回覧板が先にささっていることがある。そんな時は、かなり葛藤します。ああっいかんいかんと思いながら、この回覧板にこっそりと差し込んだら、みんな見るべえなあと強い誘惑が・・

かくして、本日のポスティングはこともなく平和裏に終わりを告げ、ハルちゃんに電話する。

「わしはもう終わったよ」「ええっ くっくやしい」「ふふふ」

とまあ、別になんでもない一日であった。でも、この一日かけて配ったチラシがまったく反応がないこともある。というか、無い方が多いのだ。でも、やらねばならない。新しい銭湯を見つけるためじゃないよ、教室のためにね。

おしまい。

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2006年10月 3日 (火)

再生土

大倉山の教室の某生徒さんから、早くブログを更新しろと指令が出た。

はい。更新します。今するすぐする。

今日は10月2日の月曜日。本来、大倉山の教室に出なければいけないところだけど、疲れ果てたわしは石垣島帰りの石川さんと最近入ったハルちゃんに教室を託し、美ヶ原と上高地にリフレッシュしようとしていた。キャンプね。楽しみにしていた。

しかし、雨。

中止。

どよーん。仕方なしに、中華街の教室に窯仕事と再生土つくりに出かけた。

実は、ちょうど1週間ほど前、中華街の教室にある2基の電気窯のうち、片方が壊れた。

還元焼成の窯をたいている最中に、温度が上がらない。1150度以上にならない。1240度まで上げんといかんのに。上がらん。こういうときは、カンタル線(巨大なニクロム線みたいなもの)が切れているに違いない。

今日、その1150度まで一度上げた作品の焼き直しの窯出しなのだ。大体が無事に焼き上がり、ほっと一息。

そのあと、3ヶ月間中華街の教室でためにためた削り土の再生をやった。

この辺、細かいことは省くけど、要するに削った土を貯めて、水につけておき、適当なところで土練機(どれんき)という土を練る機械にほうりこんで、機械に練っていただいて土を再生するのだ。

再生したばかりの土はあまり粘りが無く、けっこうぼろぼろする。15キロ程度づつまとめてビニールに入れ、何ヶ月か寝かせるとまた粘りが出て、使えるようになる。

けっこう大変なのよ。この作業が。ズボンやらシャツやらどろどろになる。

いつもは車で行くわしだが、今日は電車(みなとみらい線)で来た。帰りも当然そうなる。

5時近くになり、100キロほど再生したので、もうええじゃろと帰ることにした。

わしはエプロンがきらいで、今日も作業ズボンとTシャツ。土がいっぱいついてます。よく見ると、洗ったはずの腕にも土がついてます。そのまま気にせず電車に乗る。

5時を過ぎると、当然ながら、会社帰りの人がみなとみらいやら横浜でたくさん乗り込んでくるわな。しかし、なぜかわしの隣は空いたまま。

なぜかもくそもないわな。若い男がラッキー空いてる!と、わしの隣に座ったけど、わしを見たら、なんかぎょっとしたようにむこうに行っちゃった。

あのなあ。iポッド聞きながら、日経ビジネス読んでるレゲエの人はおらんのよ。大体、においがせんやろが、っと自分でにおってみたら、むう。汗臭い。

そうか、2日連続で夜は還元焼成で教室泊まりなので風呂はっとらんわ。ちょっとにおうかも。すまんすまん。

かくして、本日も満員電車にもかかわらず、陶芸教室のおやぢは快適に座って帰ることができたのであった。だいたい、いつもそうね。

断っておきますが、わしの格好を見て、女房はいつも目くじら立てて怒ります。と書いておかねば、あとがこわい。

おしまい。

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2006年9月 4日 (月)

忘年会パーチー計画

というタイトルを見たら、この奥田というのはいったい何を考えて生きているのであろうかと感じるかもしれない。

なにせ、ほんの2ヶ月ほど前まで、土丸展パーチー計画と称してたこ焼き器のお話をつづっていたばかりで、今日は9月4日。忘年会とはいかがなものか。

しかし、何を隠そう、こんなに早くこういうタイトルでブログをつづるのは、

「奥田はパーチーが大好きなのだあ!」

それだけのことだ。

さて、前回は世界初の陶板たこ焼き器でパーチーは大盛況であったが、今回もさらに上を行くすごいのを考えている。

今回は、「陶板ピザ焼器」である。どうも、パーチーとともに、わしは焼くのが好きみたいだ。ピザも好きだ。いかにして、おいしいピザを焼くことができるか、現在アイデアとしては2つほどある。ここで書いてもいいのだが、それを書いてしまうと、次に書くネタがなくなるので、引っ張ることにしよう。

そもそもブログと言うのは、どのくらいの頻度で書けばよいものか?先週、久しぶりに高校時代の友人5,6人と神田のすし屋で飲んだ。そのうちの何人かの行きつけのすし屋で確かになかなかうまく、しかもそんなに高くない。「ねもと」と言う。そのすし屋もブログを持っている。本来は、主人である「ねもと」さんが書くべきなのだが、どうも苦手らしく、店に働くものすごい笑顔のかわいい若い衆に任せている。

わしの友人達は、わしに、その若い衆に説教しろと言う。ブログがなっとらんと。友人の主張によると、ブログを作って2ヶ月になるのに、5回くらいしか更新していないという。怠慢だという。 

ええっ2ヶ月に5回ですか・・ええっとまあいいんじゃないですか・・

わしは、2ヶ月に3回程度のペースである。負けている。説教くらうのはこちらだ。

多分、またそのすし屋に近いうちに行くことがあると思うので、そこで説教されないように、今後もう少し頻度を上げてブログろうと誰にでもなく曇天の夜空に向かって誓うわしであった。確かに、陶芸教室のブログとしては、いかがなものかと思う思う。

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2006年8月12日 (土)

あつあつの汗だく

今年も夏が来ました。梅雨が長く、もう来ないでって思っていたのに・・

来てしまいました。

先日、朝、中華街の教室の窯小屋を開けたとたん、「うわっっ」

ものすごいことになっている。

いったい、何度なんだろうと思ったが、温度計は窯小屋内にはない。

まあ、無いほうが良い様な気もする。おおっいま40度か!とか暑さを確認してもしょうがない。

ところがあるのよ温度計が。本来、窯の温度を測るものだけど。気温もそりゃ測れるわな。

中華街の窯小屋には窯が3基ある。2基は15キロWの電気窯で稼働中。何百度もあるわな。もうひとつ「窯わん」という小さな窯がある。ここ何日か使ってないけど、電気はついているので、温度計は生きている。

何日か前、その「窯わん」で素焼きをして、翌々日、炉内温度が40度になっているので、開けて素焼きを取り出した。しばらくすると、45度になっている。つまりなんだ。窯の中より、外のほうが暑いということか。

その「窯わん」の温度計だが、窯の扉をそれから開け放しているので、小屋の中の温度が測れる。見てみたら、

「60どー!」

こりゃ暑いわ。10分もいると、くらくらしてくる。汗がそれこそふんだんに出まくる。

わしは、さらに15キロWの窯を開けた。160度あったので、さらに熱い空気が小屋内に放出される。

わしは、その中で作品を取りだし、さらには次のものを詰めんといかん。

さらにさらに、もう一つの窯がある。まだ200度近くあるので、うっすらと扉を開けて、冷ます。ということは、この上にさらに熱い空気が小屋内に供給される。

わしはそれこそ10分毎に外に出る。30度を超えているが、実に涼しく、快適に感じる。人間ってすごいなあ。

ウーロン茶やらダカラやらなんでもぐびぐび飲む。たいてい、窯仕事をするときは、一日に2~3リットルは飲むけど、トイレはほとんど行かない。恐ろしいねえ。

明日(12日)は、朝から還元焼成をするのよ。朝7時から。朝からたぶん汗だくだあ。

かくして、今年もわたくしの新陳代謝はさらに促進され、45歳とは思えないつやつやのお肌が保てるというものである。しかし、たいへんつらい。

おしまい。

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2006年7月27日 (木)

エアコン万歳!

なんかまたブログを書く間隔があいてしまった。

このブログだけど、どのぐらいの人が見てるのだろうか?よくわからん。まあいいけど。

このあいだ、ある生徒さんから言われてしまった。

「書いてる途中から、なんか面倒くさいかのように突然終わるけど・・」

すみません。その通りです。少々長い文章を書くのが面倒くさい。

暑くなってきましたな。というか、ずっと天気が悪かったけど、今日は昼からえらいいい天気になった。昼ごろ、サンプルを作って、削るために外においておいて、しばらく忘れていたら、がちがちに乾いていた。ありゃ。

夕方、大倉山の教室に寄った。教室に入ったとたん、ひんやりと涼しい。

「おおっ 涼しい!」と言うと、中村さん(スタッフ)が、「そうなんですよ~ こんな窯の前も涼しいんですよ~」とすんごいうれしそう。

そうなのだ。この夏、思い切って大倉山の教室はエアコンを買い換えたのだ。しかも2台。ジャパネットたかたで20回金利手数料なし。むう。ジャパネットたかた万歳!

買ったのは、松下のお掃除ロボットつき10年間お掃除不要とかCMでやってるやつ。CMに乗せられて買いました。現在のところ、きわめて快適。

大倉山の生徒の皆様。今年の夏は、教室暑くないですよ~

なんぞ陶芸の話も書いておかねば。

昔から、夏場は窯たきに向かないとされている。理由は、薪で炊く、穴窯や登り窯の場合、夏場は薪がしけって、窯の温度があがらないからとされている。冬は乾燥しているので、薪が良く燃える。

一昨年かな。信楽に帰ったら、なんか信楽で一番古い窯跡が発掘されたというので、講演会みたいなのがあった。その講演会がけっこう面白かった。

鎌倉時代やそれ以前の話らしいが、窯をたく時期やら、炊き方やら、実は相当いいかげんだったらしい。窯をたくのはもっぱら農閑期。特に、決めていたようではなく、いっぱい焼くものがたまったし、ひとつ焼きますか。とりゃーっていうおおらかなもんだったらしい。

面白いのはその後の企画で、その信楽最古の窯を再現させて、実際に焼いてみようということで、窯の再現に当たっては、広く一般から参加者を募集しようと言うことだった。

わしももちろん応募したが、仕事もあるので、結局行けなかった。うーん、残念。

そのころの窯は半地下式で、どうも1回使うとかなり修復しないとまた使えないようなものらしい。信楽焼のあの緋色とかは、地面の湿気とかがかなり関係したらしい。

このあたりはかなりうろ覚え。詳しい話は、「穴窯(古谷道夫著)」に書かれていたが、誰かがその本を持っていったきりで、手元に無い。あの本、古谷さんのサイン入りなのになあ。

というところで、いつものようにぐだぐだになり、突然終わるのである。

追伸:大倉山の教室に、あの世界に一つの陶板たこ焼き器がおいてある。おいておいてもしょうがないので、もしご希望があれば、貸し出します。誰か、使ってみませんか?築地銀だこの人、どうですか?

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2006年6月29日 (木)

土丸展終了報告と陶板たこやき器はどうであったか

あらーっという間に土丸展が終わりました。

今年も多数の人に来ていただき、感謝。さらにはスタッフやらお手伝いしてくれた生徒の皆様、ありがとうございました。

現在、ホームページに出展作品がアップされている。これは緊急版で、できればせっかくみなさんが書いてくれた土やら焼成雰囲気やら釉薬もつけたいと思っております。

こういうご時勢なので、名前を出すわけにはいかんが、釉薬なら出してもかまわんだろう。

さて、土丸展も大事であったが、あの「陶板たこ焼器」はどうなったかを報告せねばなるまい。

はっきり言って、土丸展の前はむちゃくちゃ忙しく、なかなか作る時間が取れなかった。(もっと早くからやってればよかったのに)結局、なんと日曜夕方のパーチーに間に合わせるために、木曜の朝早くに作った。

Dsc02078 こんな感じ。これは裏から見たところ。土鍋土で8ミリのたたらを作り、さらには本物のたこ焼き器に土を詰めて、くぼみというかでっぱりの型をとり、その半球状のものにティッシュペーパーをかぶせ、またたたらをかぶせた。少し乾いたら、ひっくり返して表から穴を開け、半球状の土の型を取り出し、丁寧に仕上げればよいと考えた。

   以降 中略

Dsc02307 それで、なんと日曜には完成し、夕方のパーチーでわしがたこ焼きを焼いているところだこれが!

忙しかったので、穴は10個しか開いていない。

Dsc02318 ほんで、これが出来上がったたこ焼きと満足そうなわし。

お味のほうはいかがであったかというと。生徒さんたちは、

「うーん、さすが陶板。陶板で焼いたほうがおいしい!」とほめてくれる。横では普通の電気たこ焼き器でもたこ焼き作っていた。

「せっかく先生が作ってくれたもの、ほめなきゃだめでしょ!」とか言う声が聞こえた。むう。

まあ、自分ではっきり言いますと、酔っ払っていると、よくわからんね。

でも、これだけははっきりいえる。たこの焼き上がりがぜんぜん違う

陶板で焼いたものは、遠赤外線のせいか、たこがぷりぷりしてるのよ。たこがうまいね。

外側がもっとパリッと焼けるかと思ったけど、これは焼き方しだいでどうにでもなるなあ。

しかし、まあ一応成功といえよう。ううむ。築地銀だこあたりがこれを聞きつけて、

「奥田さん そのノウハウをどうか私らに!」とか言ってこんかなあ。こんだろうなあ。

土丸展の詳細については、また別の機会に。パーチー面白かったよ。

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2006年6月 7日 (水)

まもなく土丸展

さてもうじき土丸展が始まる。

生徒さんの中には、なぜ6月にやるのだろうと思っている人もいるかもしれん。

土丸展も7回目になるし、なぜ6月かをここに明らかにしよう。

それは たまたま なのです

今を去ること8年ほど前、土丸を始めて3ヶ月ほどたったころ、生徒さんから展示会はやらないのかという話があった。なるほど、展示会ね。そりゃやった方が良い。

そこでわしは展示会ができそうな場所を探した。ギャラリーやらいろいろ見た。けれど、一番良いのは大倉山にいるし、大倉山記念館というものすごい建物のギャラリーだった。横浜市のものだから安いしね。

Dsc017261 格好良いなあ。それで、事務所に行ってどうやって借りればよいのか聞いてみた。申し込みは六ヶ月前。しかもコンピュータによる抽選だという。

けっこう申し込みも多く、なかなか当たらないらしい。むう。

それを聞いたのが、11月だった。そこで、次の月に試しに申し込んでみる事にした。

12月申し込みだから、6月にやることになる。が、当たりにくいと聞いていたわしは、当然はずれ、その後も申し込み続ければ、3、4ヶ月で当たるのではないかと思った。

3,4ヶ月あとなら、9月か10月になって、芸術の秋だちょうど良い。それっ試しに申し込んでしまえ!

あたってもうたがな。しかも第一志望 

ありゃりゃ。でもせっかく当たったんだから、やってみるかというのが第一回でした。

ということで、なぜ6月か?という答えは、「奥田のくじ運が強いから」ということになるかなあ。

その後、一度秋にやろうと、トライしてみたがはずれ。それまでずっと当たってたのに。

これは土丸は6月に展示会をしないさいという天の導きだと思うことにし、続けていたら妙なもので、しっくりするようになったし、一年がそういうサイクルで動くようになってきてしまった。

今年も6月の末ならばもう暑く、あの坂をふうふう言いながら上ってくる人はたいがいぼやくのだ。「もう少し涼しいときにやって欲しいなあ。」

すみません。そういうクジ運は強いみたいというか、そもそも6月は空いているから当たり続けているのだというか、すみません。はい。

そろそろ陶板でたこ焼き計画を実行せねば。

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2006年5月20日 (土)

技術とは何か?

かたーいタイトルです。

今日、基礎コースの生徒さんに教えていて、ちょっと考えてしまった。

初めて陶芸をやった人でも、自分のイメージがある。それを作りたいと思う。自由にやりたいと思う。

けど、わしは最初は自由にさせないのよ。不自由なのよ。

なぜなら、自由にやるためには、やはりある程度の力量が必要だから。それを技術と言おう。では、その技術とは何かというと、わしが考えるに

「再現する力」ではないか?

これは、つまり一つ作品を作ったら、もう一度同じものを作ることができるか?ということ。

抹茶茶碗なんか手でわしわし作っていると、ほとんどはじめての人でもたまにすごく格好良いものができたりすることがある。できあがりを見て、こりゃあいい。また作ろうとしてもできない。

これは何かというと、再現できないんだな。ということは、以前できた良いものは偶然だったわけだな。

まあ、芸術やアートの世界は偶然も大切なのはよーくわかっている。

しかし、陶芸というものはそもそも偶然の占める範囲が大きいものなのだ。それは結局、一番大事な焼成をするときには触れないし、見えない。温度を上げ、炎をぶつけ、外から想像し、祈っている。

それに陶芸は果たしてアートか?というと、これが意見が分かれるのだな。昔から。

アートかクラフトか?まあ、本当はどっちでもいいんだけど。

とにかく、普通の人は、陶芸を始めるとまずはやはり身の回りのものが作りたい。自分の作った湯呑みや茶碗が欲しい。うまくいけば、家族や友人の分まで作りたい。

ということは、ある程度の再現性がないと困るわけだ。その再現できる技術を身につけるのが教室だわな。

もちろん、陶芸教室なんて楽しくなければ、誰も来ないし、わしも楽しくないものはいやだ。楽しむための最低限必要な力を練習するわけだな。

たとえば、最初茶碗を作ると、手もコテも思ったように動いてくれない。自分の欲しい形というものはぼんやりとあるが、それをどうやって作り出して良いのかわからない。

ろくろを回して土をいじっていると、あっちが膨れ、こっちがくぼみ、そんな時に、生徒さんはわしに言うのだ

「こんなになっちゃいました。」

こんなになっちゃったって、そんなにしたのは自分でしょうが。

このレベルはわしは密かに「いってこいレベル」と呼んでいる。人には言わないけどね。どんな茶碗になるかは、コテやろくろや土に聞いてくれ、それー行ってこーい。できたものが欲しかったものに近ければ幸いですということやね。

実は、このレベルの人は、作りたい形というものがまだ本当にイメージできていない。なんか非常にぼんやりとあたまにあるだけなのだ。

自分の力量や土の性質がだんだんに理解できてきて、慣れるにしたがって、それまで何の気なしに使っていた茶碗や湯飲みも少し注意深く見るようになってくる。そうすると、作りたいもののイメージもだんだん鮮明になってくる。

すると、その自分のイメージに対して、技術が不足しているので、なかなかイメージどおりに作れない、なかなかうまくならないとぼやくレベルになる。「ぼやきレベル」やね。

ここで辞める人が多いのよ。

そんで、もっと続けた人は、次第に自分の思った形がそのままできるようになってくる。最初は楽しいわな。このあたりが、本当の意味での「中級レベル」やね。

趣味ならば、このへんで留まっておくのが無難。この先に行くと、「美しい形、イメージ」を求めてさまようことになる。こりゃ大変だわな。

なんか、よくわからん話になってきたなあ。このへんで止めよう。もう眠いわ。

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2006年5月18日 (木)

何ゆえ私は陶芸教室を始めるにいたったか

さて、またブログの更新をしばらく怠っていた。

パーチー計画はしばらく棚上げにして、ぜんぜん違うことを書こう。どうせ、もっと土丸展が近づかないと真剣にやらないのはわかりきっていること。

陶芸教室土丸をはじめてもう8年になる。なぜに陶芸教室なぞ始めてしまったのか、書いてみよう。

10年ほどまえ、わしはまだ勤め人で、仕事は経営コンサルタントというものだった。こう言ってはなんだが、そこそこ仕事はできた方だと思う。でも、性格、行動は現在ご存知の通りで、かなりバランバランだったような気がする。

主に営業やらマーケティング関連のことをやっていたが、そんな時、ある所から新規事業の相談を受けた。まあ、某フィットネスクラブです。

相談の内容は、体のことだけでなく、今後はカルチャーもやっていきたいという。ついては、当時陶芸が少し流行っていたので、陶芸なんぞよいではないかという。というか、陶芸教室をやりたいというので、わしのところに相談が回ってきた。

相手の部長さんに会って話を聞いてみた。フィットネスもカルチャーもやることによって、お客さんのロイヤリティはもっと上がるのではないかという話だった。

その部長さんは別に悪い人ではなく、ただビジネスの話をしていただけだが、わしは次第に気分が悪くなってきた。

ふと気がつくと、わしはなんか怒っていた。そうなのだ。自分でも気がつかなかったけど、その部長さんが、まあ絵画でも彫刻でもなんでもいいけど、とりあえず流行っているので陶芸みたいに陶芸を扱い、話をするのにむかむかしていたのだ。

わしは信楽の生まれで、家は焼き物屋とうか、そういう会社をやっている。自分が焼き物に関する仕事をするなんて想像もしたことがなかったが、どうも、やはり陶芸に対する思い入れがあったようだ。

そんな自分に驚き、そして考えた。部長さんは悪い人ではないが、そんな考え方で陶芸教室をやったら、まずだれぞ講師を雇い、その講師に教室の中身も運営も丸投げしてしまうだろう。メインはフィットネスクラブだし、そんなに力を入れられるわけがない。ということは・・・陶芸はけっこう面倒だということは良く知っている。

ちょっと考えればわかる。うまくいくわけがない。何よりそこに通うようになる生徒が気の毒だ。

ええい、それならわしが教室を作ってみようかな。とそのとき、ふと考えたのだ。

思えば、陶芸教室を始めようと思ったきっかけはそこにつきる。

土丸の沿革は、実はそれはそれでけっこういろいろあり、面白いのだけど、今夜はもう面倒くさくなってきたので、このへんでやめよう。

いつになるかわからんけど、たぶん続く。

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2006年4月26日 (水)

土丸展パーチー計画その2

さて。、現状では土丸展パーチー計画はつまり陶板焼きでたこやき計画ということになっている。

つまりまあ、土鍋土で、たこ焼き器を作ればよいのだが、これがちょっと難しい。

たこ焼きを焼く穴はきれいな球形でないとまずかろう。しかも球は一つじゃだめで、やはりたくさん必要だわな。

本来なら、こういうものを作るなら当然、石膏型になる。石膏型で鋳込みでやるならこれはできるだろう。しかーし。わしは陶芸教室のおやぢなので、そんな作家的、陶器屋的発想はしないのだ。しかも、なにより最初の型を作るのが面倒くさい。

たたらをベースにすることは間違いないが、きれいな球形(しかも半球)をそろえるのは相当難しそうだ。うーむ。

単純に、たたらにたとえばピンポン玉みたいなものを押し付けて丸いへこみをつけるというのは、間違いなくうまくいかない。押し込んだ部分はかなり伸ばさなければならないので、薄くなるし、ひび割れも起きそうだ。さらには、柔らかいときにやる必要があるので、へなへなして仕上がりがきたなくなるだろう。

半球部分の仕上げは、削りのときにやる必要がある。そうでないと、きれいにいかないはず。ということは、半球の型を粘土でくるみ、それをそのまま平面のたたらにドベでくっつけておき、少し乾いて硬くなったところで、たたらの平らな方から穴を開け、半球の型を取り出すという方法はどうだろう?

発泡スチロールの小さなやつは安く売っていたな。ううむ。これならなんかできそうな気がしてきた。明日か明後日に、半球を用意してみよう。

というより、半球も粘土で作るか。そしてそれをティッシュでくるんで、その上からたたらをかぶせればどうだ!そしたら、乾燥して収縮も怖くないはず!

うーん ぼくって冴えてるうう。

というような感じでいつも作品の作り方を考えているのです。

どうですか?勉強になりました?

あまりならんか。

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