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2008年6月 2日 (月)

器用と不器用

教室をやっていると、いろんな人が来る。いろんな人がいるなあと感心したり、面白いと感じることがままある。

そのひとつが、器用と不器用ということ。けっこう多くの人が、「わたしは不器用だから・・」みたいなことを言う。半分は謙遜にしても、半分は本当に自分でそう思っているみたいだ。

そういう人たちを安心させようというわけでもないけど、わしは不器用です。それもかなり不器用。

教室の生徒さんの中には、わしのことを器用だと思っている人がけっこういると思う。こうしなさいって言うと、先生は器用だから・・みたいに恨み節みたいに言われることがある。

わし、本当にもともとは不器用なんです。そういえば、富本憲吉も、ものすごい不器用だって何かで読んだことがあるなあ。わしは富本ではありませんけど。

子供のころ、工作とかで何かを作ろうとすると、うまくいったためしがない。しかも、道具や材料がちらばりまくり、不器用な上に、乱雑。母親から、お前は不器用な上に乱雑だとしこたま言われて、わしは「俺は不器用で乱雑なんだ。」と固く信じ込んでいた。

このあたり、スタッフの人たちはわかると思う。わしが何かテストをやったりする時は、ものすごく教室が乱雑になる。悪気はないんだけど、自然にそうなってしまう。一応、片付けはするけれど、元通りになることはないので、たいていはスタッフに迷惑をかけている。

それで別に深く考えることもなく、生きてきたわけだけど、一度器用と不器用ということについて考えたことがある。それをゆうべふと思い出した。そんで忘れないようにブログに書くのだ。長い前ふり、くどいわなあ。わしは、不器用で乱雑でしかもくどい。

かなり前、ハンマー投げの室伏がテレビで、自分のトレーニングについて話をしていた。あの人は、筋肉隆々で、ものすごいトレーニングをしてるんだろうと思っていたら、ちょっと違った。いわゆるバーベルを上げたりするウエイトトレーニングもやるけれど、それには重きを置いてないんだそうだ。ただ単にパワーを上げても、それで記録は伸びない。

それよりも、自分の頭で描いたイメージどおりに体が動いてくれるように、イメージと動作がうんまくシンクロするようなトレーニングをするのだという。ウエイトトレーニングは、動きが単純すぎ、一部の筋肉しか動かない。

これを見ていて、わしは、なるほどと思った。不器用な人というのは、頭で考えたイメージ通りに体、まあたいていは指とか手が動いてくれないということなのだ。器用な人というのは、これがほぼ思ったとおりに動く。

元々の素養はあるにしても、イメージどおりに手が動くかどうかというのは、訓練なのだ。なんでも慣れた人の手つきというは、無駄がなく、そして美しい。

じゃあどうすれば、不器用から抜け出せるのか?手に絞って言うと、手の指というのは、普通5本あって(豊臣秀吉なんて6本あったとか言う話もある)、それが独立して動いてくれる。これがそれぞれに意思どおりに動いてくれればよいのだ。不器用な人は、動いてくれない。

室伏のトレーニングが参考になる。室伏は、新聞紙を一枚、机の上に大きく広げて、その真ん中に片手の手のひらをぴたりと当てて、新聞を手のひらの中に丸め込むというトレーニングをしていた。

やってみてください。かなりきついよ。きつければ、新聞は半分でも良いと思う。これをやるとわかるけれど、指はそれぞれいろんな動きをしてくれる。目と指から入った情報が脳で処理され、どのように動けばよいか考えて、各指ががんばって別々に動く。

もちろん陶芸そのものも、よい訓練になる。指で確認しながら作っていくからな。うううん、今回はなんかいいこと書いたような気がするなあ、あいかわらずくどいけど。

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コメント

脳トレみたいですね。

スポーツジムに行っても使ってる筋肉を頭で意識しながら動かしてと言われます。

凄く参考になる日記でした!
集中力と意識するが重なった時に良い結果が出るのかも。

なんだか賢そうな顔つきに変わりそうですね。
新聞紙からやってみよ。


投稿: きっちょむ | 2008年6月 2日 (月) 14時58分

きっちょむさん こんばんわあ

お褒めいただき恐縮です。
新聞紙、きついです。半分からはじめることを
おすすめします。

陶芸の場合、もうひとつ、コツがあって、
それは時々、
「これって、いま私はいったい何をしているのだろう?何のためにこれをやっているのだろう?」
と考えることです。
ほとんどの人は、動作に無駄が多くて、やらんでもいいことにやたら時間をかけます。そして、たいがい、失敗します。立ち止まって考えるのだ。

ああ、また良いことかいてしまった。
しかも偉そう。

投稿: 土丸おやぢ | 2008年6月 3日 (火) 02時15分

たまに、良いこと書きますよねぇ・・・ホントに、たまにだけど・・・

投稿: 匿名希望 | 2008年6月 3日 (火) 20時52分

 「元々の素養はあるにしても、イメージどおりに手が動くかどうかというのは、訓練なのだ。なんでも慣れた人の手つきというは、無駄がなく、そして美しい。」

 「ほとんどの人は、動作に無駄が多くて、やらんでもいいことにやたら時間をかけます。そして、たいがい、失敗します。」

 おっしゃるとおり、イメージとは遠いものばかりで、壁にぶち当たっております。理解してきたつもりが生半可なこと、思い知らされております。先を急ぎ過ぎている結果、自ら招いているような。でも性格って変えられません。

 「これって、いま私はいったい何をしているのだろう?何のためにこれをやっているのだろう?」を実践していきたいと思います。
 おやぢ殿がお釈迦様のようです。

投稿: 那須 | 2008年6月13日 (金) 06時30分

匿名さん

バット振ってれば、たまには当たるし、ヒットも出ます。振らなきゃ当たらん。


那須さん

偉そうに書きましたが、書いたけど、本人ができているかどうかは別問題です。
わし、めちゃくちゃ。

投稿: 土丸おやぢ | 2008年6月18日 (水) 11時23分

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