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2008年2月13日 (水)

陶芸の表現

かなり以前に、わしの書いたブログについたコメントで、「陶芸の表現がよくわからない。」旨のコメントがついていて、よく考えてみると、実はわしもよくわからない。衝撃の告白だなあこれは。

まずよくわからないのが装飾。

最高にわからないのが、宮川香山あたりの作品で、宮川香山というのは、明治あたりに活躍した陶芸家で、超絶技巧の人。

宮川香山の作品を見ると、見事な壺に、めちゃくちゃリアルなカニがくっついたりしている。ものすごくインパクトがあるし、そのカニの見事さなんて、たまげるばかりだが、実はわしは、なんで壺にカニがくっついているのかよくわからない。

もう少し詳しく説明すると、カニは見事だが、壺にくっついている必然性がわからない。別に壺でなくてもいいんじゃないか?というか、カニだけでも良いんじゃないか?とか思う。

もっと衝撃の告白をすると、実は絵付けがよくわからない。

何がわからないかとうと、例えば鍋島藩で作られた絵皿。それはそれは見事で絢爛豪華。美しいことは美しいが、あの見事な絵が、皿に描かれていることがわからない。

紙でいいんじゃないか?とか、陶芸に携わるものとしてはあるまじきことを思ってしまう。皿に描かねばならない必然性がわからない。

皿に絵を描いたり、壺に何かをくっつけるのに必然性は必要か?というと、本当は必要じゃないと思う。面白そうだから、きれいになりそうだからという理由で十分で、みんなそうやって作ったり描いたりしたと思うけど、それが度を越すと、疑問がわいてくるのだ。度を超すというのは、絵が皿を圧倒してしまったり、カニが壺を支配していたりすることですね。

これはつまり、わしが宮川香山や鍋島の絵皿をあんまり好きでないからだろうと思う。

同じ絵でも、板谷波山の壺とか見ると、その美しさと完成度の高さに圧倒されてしまう。これは「美」だなあと恐れ入ってしまう。

これはまあ、好みみたいなものだから、というより好みそのものなので、宮川最高!とか鍋島の技巧には畏れ入るとなってもぜんぜんかまわないわけですな。

そんでまあ、そのよくわかっていないわしが、生徒に教えないといけないので、生徒も気の毒。さらに気の毒なのは、わしが絵が描けないということ。一応、絵付けを教えるカリキュラムはあるけれど、わしはゴスだのベンガラだのの扱い方は教えるけど、絵は教えられない。それどころか、生徒に、

「ぼくは絵がかけません。だから、絵については、ぼくに聞かないでください。絵のことが聞きたかったら、スタッフはみな美大とか出てるから、そっちに聞け!」とか完全に開き直り。

こうなったのも、わしは左利きで、小学生の頃、習字の時間が大嫌いだった。左で習字はできませんなあ。子供心に、わしの書いた字は情けないなあとか思っていた。当然、先生からほめられたことなんて一度もない。

それから、筆を使うことが嫌いになり、それが発展して絵を描くこともあんまり好きでなくなった。高校の時なんか美術の時間はたいてい逃亡して、マージャンとかしてたもん。悪い子でした。

そのつけが今、やってきていて、さらにそのつけが生徒に回されるのである。因果はめぐる。

こんなことではいけないと、ちょろちょろ練習したりしてるけど、左手で、やっぱり「きゃあ」とか言って放り出したくなる。

でも逃げないわ、まあそのうち、なんとかしよう。それまで果たして生徒さんたちは待っていてくれるだろうか。くれないだろうなあ。まあ、仕方ない。

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コメント

予想通りに食いつかせていただきます。

番組CMで蟹の壷(宮川香山)を見て、本編を見ようと思っていましたが、忘れて見逃しました。

 絵画でもスーパーリアリズムと言う写真を見てそっくりに書く人達もいるようです。表現の自由を感じますが、好き嫌いといえば言えるわけで

投稿: 那須 | 2008年2月13日 (水) 21時46分

予想通りに食いつかせていただきます。

番組CMで蟹の壷(宮川香山)を見て、本編に興味を持っていましたが、忘れて見逃しました。

 絵画でもスーパーリアリズムと言う写真を見てそっくりに書く人達もいるようです。表現の自由を感じますが、好き嫌いの問題のように思います。

 個人的には感情移入が感じられず好きではありません。おやぢ殿が言われるように必然性を感じられないと言うか、そこまでする必要がないと思います。
 
 教室の一生徒としては、本来の器としての存在感を大切に、調和した陶芸の美を目指したいと思います。

 何故か生徒が待っていないかなんて寂しいこと言われてますが、出遭いもあれば別れもあるのが人生ですよね。去る人がいてもいいのでは。でもそれでは商売としては成り立たなくなるのですね。でも商売なんて考えていないような、ほしくはないような。

投稿: 那須 | 2008年2月13日 (水) 23時24分

那須さん こんばんわ
どうもどうも
食いつきましたな。

ご心配なく。生徒さんらは、他の講師に聞きますから。みんな上手よ。少なくともわしよりは。

絵画のスーパーリアリズム、ありますなあ。

あれは、モチーフというか、どういう題材のどういう側面を描くかということにつきるとわしは勝手に思っています。

なので、スーパーリアリズムの中でも面白いものもあれば、つまらないものもあると思うのです。

ですから、わしも宮川香山の作品でも好きなものもあれば、鍋島の絵皿でも惹かれるものもあるわけです。

なんにせよ、スーパーリアリズムとか、陶芸なら民芸とかオブジェだとか、そういう類型が一番危険な気がします。民芸でも、走泥社より刺激的なものもあるだろうし、陳腐なオブジェもあります。

個々の作品を良く見なければと思う今日この頃。というか、ずっとそう思っています。

教室を商売と考えているかどうかですが、考えているようないないような。そんな感じ。土丸らしいでしょ。

投稿: 土丸おやぢ | 2008年2月14日 (木) 00時00分

 らしいところが気に入って通わせていただいています。自由度がなんとも心地良いのですが、反面時間を掛けすぎると粘土の消費量が気になったり。
 
 そんな中、生徒らの作品を把握されているようなことも漏れ聞こえ、頭が下がります。

 振り返ってみると、土丸展や女房の持ち帰った作品の進歩に刺激され、自身も顔を出しました。

 諸先輩の作品造りに触れることで更なる刺激を受け、内にあったものが呼び覚まされていった気がします。

 基礎コースは早く終了したくて通いましたが、その後は1~2回/月のつもりでいたものがほぼ毎週のように通っています。

 今後はお勧めの作家の作品を生で見る機会を持つなど、目を肥やすことにも努めて生きたいと思っています。

 知る人ぞ知る山女魚との会話も忘れるほど、ライフスタイルも変わってしまったような気がします。

 出逢いの場を提供していただいたことに感謝、らしい教室に感謝、感謝。

投稿: 那須 | 2008年2月15日 (金) 01時08分

初めてコメントいれます。こういったことを正直に書かれている方は少ない!と感じていました。それもおうちが器のお仕事をされていた方がおっしゃるのですから!ストレートにはいってきました。工芸というところでの表現って結構微妙な感じがします。表現に素直であれば、土じゃないとこいったって良いんじゃないのって見てて思ったりします。現代芸術から陶芸を見ると
どうしてもおなじところで語れないのは、
どっちに起因するのでしょうか?
アートの懐の狭さか、陶芸の許容範囲の広すぎるところか・・・?ところで、、、おやぢ様、平面の絵がうまいのと器の絵がうまいのは基礎は同じでも、まったく別物のような気がするのですが。。。

投稿: toutou | 2008年2月19日 (火) 17時01分

toutouさん こんにちは
このようなブログにコメントつけていただき、ありがとうございます。

陶芸を考え出すと、どうしてもクラフトかアートかとか考えて、わけがわからなくなってしまいます。

まあ、たぶんこういうことなんじゃないかなと自分で思っているのは、
明らかなクラフトの陶器はあります。
明らかなアートの陶器もあります。
そして、その中間のどっちともとれるものがいっぱいあります。また、時代によって変わってきます。
だから分ける意味合いはあんまりないのではと。

たとえば、縄文土器。当時は祭器か何かですごく意味合いがあったと思いますが、今見ると、見事なまでのアートだと思います。

絵画でもそうでしょう。ポスターはアートか?サインボードはアートか?もっと言うと、看板や風呂やの富士山はアートか?

どっちでもよいような気がします。

そして、わしは絵がだめだめなので、器の絵と平面の絵の違いなんぞさっぱりわかりません。紙と違って、ふでが伸びないので描きにくいとか、局面があるし、食べ物がのることもあるので、それも考えねばということは、口では言うのですが、それが具体的にどういうことなのか、実は自分の中でうまく整理できていません。

投稿: 土丸おやぢ | 2008年2月20日 (水) 11時02分

まぁカニとか絵はアレですよ。
自己主張みたいなもんですよ。ははは。
超偉そうでスイマセン。。

カニを上手に作れるんだぜ~☆
っていう自慢かもしれませんね。
カニかぁって感じですが、やっぱ凄いです。
自慢するだけあります。

だってカニですよ。細かいのなんのって。
ウギャってなりますよ普通。
私なら途中でタニシにしちゃうね。ははは。


投稿: きっちょむ | 2008年2月26日 (火) 11時37分

きっちょむさん おはようさん

あのカニは見事です。実にリアル。
でもあれは何カニなんだろう。なんでもいいけど。

しかし、きっちょむの指摘はするどい、というか、わしと同じ見方だなあ。そうとしか思えないのよね、ほんと。

しかし、タニシか・・タガメぐらいにしといたほうがいいかもしれん。タニシがいっぱいついている壷って、ただの古い壷のようなかんじ

投稿: 土丸おやぢ | 2008年2月27日 (水) 10時54分

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