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2008年1月31日 (木)

またテルミン

またテルミンだ。わしも懲りないな。

とりあえず、ご希望のあった写真を掲載。

Dsc02956 これがうちのテルミンだ。赤くて小さい。高さは12、3センチほどで、とても小さい音しか出してくれない。

テルミン博士が見たら、さぞ嘆くことであろう。

それで、なんでまたテルミン登場かと言うと、見たんです。ついに映画を。

今日は、また今年初めての完全休養日なので、うれしくてゆうべは遅くまでDVDを見ていた。この前、レンタルビデオ屋に行ったら、あったのです。「テルミン」という映画のDVDが!

それで、ゆうべベッドに入って暗い部屋で、映画テルミンを鑑賞した。なんの前知識もなかったので、実に良い。

インタビューと過去の映像を組み合わせたドキュメンタリーであった。テルミンというロシアというかソビエトの天才学者がテルミンという電子楽器を発明し、アメリカにやってくる。1930年代~40年代だと思う。アメリカではカーネギーホールとかでもテルミンを披露し、富と名声を得たようだ。

テルミン博士は男前で、テルミンだけではなく、いろいろな電子楽器やら設備を発明したらしい。インタビューでは、カラーテレビも完成していたようなことを言っていた。

しかも独身なので、女はほっとかない。最初、テルミンの奏者の若い女性とええかんじであったが、最終的には博士が発明した電子楽器を演奏するために呼んだ黒人のダンサーと結ばれる。その時代、白人男性と黒人女性の結婚というのはありえないとされていて、かなり友人を失ったらしい。

そうしたある日、テルミン博士は失踪する。ニューヨークの自宅から拉致され、ソビエトに連れて行かれたらしい。友人たちは、なんとか探そうと努力するが、まったく生死さえもわからない。

見る人がいるかもしれないので、中略

最後は、90歳を越し、年老いたテルミン博士と、やはり年老いたかつてのええ感じだった女性と連れ立ってニューヨークの街を歩いていくところで終わる。

なんかしらんが、人の一生というものをしみじみと感じさせる映画だった。

天才さえもこうなのだなあ。しみじみ。

しみじみしすぎたわしは寝れなくなり、次に「不都合な真実」まで見てしまった。これはご存知、アル・ゴアの地球温暖化に警鐘を鳴らす映画ですね。これまたドキュメンタリーだけど、しかしゴアはプレゼンがうまいなあと感心し、二酸化炭素を減らさねばならんなあと、これまた納得し、テルミンとゴアが夢に出てきそうで、支離滅裂な夜中であった。

映画では言ってなかったが、温暖化を防止するには二酸化炭素の排出量を減らすだけでは到底間に合わないだろう。だってすでに多量の二酸化炭素が大気中に出てしまっている。これは、減らさねばならない。

もはや到底自然の力というか、通常の植物の力では二酸化炭素をを減らせないと思う。こうなったら人間の知恵だ。人工的に光合成を行い、二酸化炭素を固定化でもせんとどうにもならんのではないか。

しかし、なんでテルミンが、人工光合成になるのか、これまた支離滅裂だが、人生とはそういうものなのだ。そうだそうだ。

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2008年1月20日 (日)

ろくろの高さと腰痛

ゆうべSPというドラマを見て、またテレビの前で寝てしまった。SP、面白いです。岡田君、かっこいいです。ドラマに緊迫感があり、そのせいか寝たんだけど、なんか眠りが浅く、えらいはやく目が覚めた。

せっかく早く起きたので、久しぶりに陶芸のことでも書こう。

今年は電動ろくろをくるくる回しているが、あれはどうも腰に良くない。高さが悪いのだ。

以前、書いたことがあるような気がするが、電動ろくろというのは、もともと量産というか、職人がたくさん作るために作られた。職人はいっぺんにたくさんの土を使い、数をひく。

たくさんの土をろくろの真ん中にすえて、使う分だけ上に伸ばして成型する。そのために、ろくろの位置はずいぶん低い。

もともと、そのように職人に向けて作られたものが、そのまま陶芸教室やらで一般に普及したようで、教室で使うにはかねがね低すぎると思っていた。ろくろの位置が低いと、腰をかがめねばならず、1時間も座ってやっていると、腰が痛くなってくる。

昨年の年末、ぎっくりl腰をやってしまったという生徒さんがいて、でも電動ろくろをやりたいと言う。そこで、木の板などを組み合わせて、10センチほど高くしてみた。したら、具合が良いのだ。その生徒さんも腰が痛くないと言っていた。

コンクリートブロックがちょうど厚さ10センチほどなので、これを買ってきて、いくつかろくろの下に敷いてみた。具合が良い。腰が痛くない。特に削りのときが、たいへん楽にできる。

こりゃあ良いと、いろんな人にお勧めした。でも、慣れないせいか、みんなあんまり使いたがらない。不思議だ。こんなに楽なのに。

体の大きさや、使う土の量によっても変わってくるだろうと、思って、まずは自分でどのくらいまでならよいのか、茶碗を作りながらいろいろ試してみた。ちなみにわしは身長175センチ。

だいたい、2キロぐらいの土で作るときは、たいへん具合がよい。しかし、4キロを越すと、作るときに高くなりすぎて、かえってやりにくい。教室は、女性が多く、175センチもある人はいないので、それを考えると、2キロまでが適量なのだろう。

陶芸教室では、50個も100個も茶碗作る人はいないので、2キロあたりは大変適当という気がする。

それと、一個作りのときは、具合がよい。お皿やるときなんかよいですね。

高くすると、フットペダルは使いにくい。ろくろをやっているときに、ずっとペダルに足を乗せている人はやりにくいだろうと思う。ペダルから足を離し、ブロックの上に足を乗せていると、問題はまったくない。スピードの調節は手のレバーで、十分だ。

それで、昔の職人のことを考えてみた。電動ろくろがなかった頃、と言ってもそんなに大昔ではない。江戸時代とか、明治のころはどうしていたんだろう。その頃は、当然、モーターもなく、大きな丸い板を棒を使ってくるくる回すか、自分で蹴って回すか、誰かに蹴って回してもらっていた。

ちなみに、信楽では、男がろくろで成型して、女性が仰向けになって、足でろくろを回していたらしい。したら、昔はパンツはいてなかったので、大事な部分が丸見えで、だから夫婦でやるか、あるいは自動的に夫婦になってしまったらしい。良いことですね。

今のように、すべりの良いベアリングもないから、回りは悪かったろうと思う。したら。そもそも大量の土で作ることなんてできなかったんじゃあないか?せいぜい2、3キロぐらいではないか?ううむ、よくわからん。

したら、現在のように職人や陶芸家が、4キロも5キロも土を使ってろくろを連続でひいたりするのは、わりと最近ではないのか?せいぜい60年くらいかな。

それを考えると、あまりたいした伝統じゃないような気がする。でも、それが昔から行われてきたような錯覚があるなあ。

人間というのは、最初に習ってそれに慣れてしまうと、なかなか新しいものを受け付けなくなる。典型的なのが、パソコンのキーボード。これは、昔のタイプライターは、キーボードを押すと、直接その文字をパチンと押していたので、それがこんがらがらないように、配列が作られた。でも、みんなそれに慣れちゃったので、本来もっと使いやすいものがあるのに、これに固定されてしまった。

電動ろくろもそうなるのだろうか。このままこれが普及すると、腰痛者製造装置となってしまうのに、誰か高さの調節できるろくろ作ってくれないかと思う早朝であった。おしまい。

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2008年1月19日 (土)

荒れた手

手が荒れる。手の甲かなんか赤くなって、ひどいもんになっている。むう。

時々、陶芸をやっていて、冬場なんか手が荒れませんか?と生徒さんに聞かれることがあり、実を言うと今までわしは荒れたことがなかったので、「ぜんぜん平気です。」と答えてきたが、この冬荒れまくり。

手が荒れる経験なんて、小学校の低学年のとき以来だ。わしは、信楽小学校というところに通っていたが、信楽の冬は寒いのだ。信楽は標高が大体300メートル。高地で、さらには盆地になっていて、雪は降らんがやたらと寒い。冬の朝はたいていが氷点下だった。

そのときは、手なんかあかぎれだらけで、ひどいもんだった。よくオロナイン軟膏を塗っていたのを覚えている。

それに比べて、横浜だの東京の冬は暖かい。寒いといっても氷点下になることはめったにないし、天気は良いし、さわやかで、本当にすごしよい。

一番好きな季節は?   「 ・・冬 」

一番好きな色は?    「・・白 」

なのだ。ここんとこ、わかる人はわかるであろう。

それが、今年は正月から荒れまくり。最初は、今年は電動ろくろをよくやっているので、そのせいかと思っていた。でもどうも違う。土がまったくつかないところも荒れている。

手が荒れるなんて、子供の頃を除けば、人生初。まさに 「・・はじめて」なんで、どうしてよいか最初さっぱりわからんかった。

そして、はたと気がついた。今年になって、なぜかわしは清潔好きになろうと決心し、外から帰ったら、石鹸で手を洗い、うがいをしている。どうやら、その石鹸で手を洗うのがよくないみたいなのだ。

石鹸で手を洗い出してから、その洗った部分が荒れている。ううむ。わしはやはりちょっと不潔ぐらいのほうが良いのかもしれない。

この前の火曜日、わしの手がひどいので、生徒さんの一人が見かねて、「私の使っているクリームあげます。」と言って、チューブに入ったクリームをくれた。どうもすみません。

よく見ると、そのチューブ、練り歯磨きの入ったやつより少し小さいぐらいなのだけど、1300円と小さく書いてある。うわああ 高いい。

家に帰ると、女房様が、これを使えと出したクリームがある。塗り塗りしてたら、夜中のテレビ通販で似たようなやつが、4900円となっている。ひええええ。それより、少し安いやつらしいが、なんというお値段。

女って、金がかかるんだなあと感心した。そして、わしも金がかかるようになってしまったのかな。

木曜に、うちのスタッフが、わしが手が荒れるとぼやいているのを聞いて、

「職業病ですよ。仕方ないです。それと、歳ですね。歳。 」

と言うので、けっとばしてやろうかと思ったが、きわめてまじめに言っている上に、けとばしても手の荒れは直らないので、やめておいた。

ここ何日か、石鹸で手を洗うのをやめ、クリームを塗り塗りしていたら、少しずつましになってきた。

よる年波で、ついにお肌の心配をしなければならなくなってきたのか。むうと思う今日この頃のわしであった。おしまい。

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2008年1月10日 (木)

テルミン

ついに出た。陶芸なのに、テルミンとはこれいかに?

テルミンというのは、たぶん世界で最初に作られた電子楽器です。私の記憶が確かなら、ロシアのテルミンという人が作ったとうろ覚え。そんな映画もあったなあ。

手をかざすと、「みょわみょわみょわああああ~」という奇妙な音が出る。一応、楽器なので、うまくなると曲が演奏できるらしいけど、別に聞きたくもない。なんか、まるでウルトラQ。

そんで、なんでテルミンかというと、この前の年末に見つけたのです。テルミンを。本の付録で。

大人の科学という本というか、まあ付録がメインの本で、「テルミン」のキットがついているのです。わしは、興奮して買いましたがな。家でテルミンの「みょわみゅわみゅわ~」ができるんですよ。どうせ、1回か2回で飽きて放り出すと思うけど、やってみたくてたまらない。

この本のシリーズでは以前、プラネタリウムを買ったことがある。けっこう丁寧に組み立てて、ベッドルームを暗くして天井に映してみたが、なんか「むう」と思って、放り出した。

今度はそんなことはあるいまいと、いそいそと年末の忙しい時に組み立て(けっこう簡単で、20分もあればできてしまう)、わくわくしながら手をかざしてみた。

おっ音がせん

しかし、よくよく聞いてみるとかすかに、まるで蚊の羽音のようだが、「みゅわみゅわ」いっている。

おおっ思って、いろいろやってみたけど、音は小さいまま。本をよく見ると、音が小さい場合はアンプを改造せよ、みたいなことが書いてある。

そこまで、テルミン、好きじゃないんです。

2分で飽きました。

いけないわたし。

そんで、なんで今頃こんなの書いているかというと、ふと思い出したから。そして、眠いんだけど、なんか、忘れそうなので一気に書いてしまおうというだけのことなのだ。

そろそろ、なんか陶芸のことでも書かなきゃいかんなあと思いながらも、またテルミンのことなんか書いて、どうしようもないなあと思いながら、さあ寝る前には歯磨きだよ。わしも大人になったなあとベッドに向かうのである。おしまい。

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2008年1月 7日 (月)

教室が始まるぜ

ああというため息とともに、正月休みはおしまいをつげる。明日というか、昨日から教室が始まり、わしもお仕事が始まってしまう。

この年末年始に何をしたのか?掃除とろくろをして、CDを聞き、DVDで映画を見た。「墨攻」と「パッチギ」と「ロッキー・ザ・ファイナル」を見た。そんなもんか。

ロッキーは面白かった。まるで1作目に戻ったかのような感じで大変良かった。ロッキーの1作目は、ちょうどわしが20歳のころだと思う。ロッキーは、3だの4だの、なんかだんだんおかしくなっていったが、始まりは青春映画であったと思う。若いロッキーの叫びが、まだ何者でもないスタローンと共鳴していたように思う。まあ、もともと脚本自体がスタローンが書いたのだから、当たり前だけど。ファイナルも、老いたロッキーの叫びが、同じように年をとったわしのこころに響くのである。これは年をとらないとわからない。

大学を卒業する頃、レンタルビデオが始まりだし、時間があったら集中してまとめて映画を見ていた。わしはプータローなどもやっていたので、3日ほど立て続けに何本もいろんな映画をまとめて見るのだ。3本目か4本目はけっこうつらいが、それを超えると、感度が増してきて、映画の世界に没入できた。3日で15~20本ほど見るのだ。レンタルでも、当日返すと安いので、3本借りては返ししていた。これを1年に2、3回やっていた。最近はやらないなあ。DVDを見るのも根性がいるからなあ。

考えてみれば、音楽も真剣に聞くことが少なくなった。わしの場合、レコードからCDに変わったあたりを境にあまり聞かなくなった。レコードの時は、雑音等あったが、のめりこめた。しかし、なんでか、CDの音を聞くと、なんか薄っぺらな気がして、いい歌だなと思ってもレコードの時の様に、ヘッドフォンして聞き倒すことはしなくなった。

なぜだろうか、アルバムを買ったり、借りたりしても、通して聞き倒すことはしなくなった。1曲か2曲、気に入った曲があれば、そればかり聞くようになった。大人になったということなのかな。

それで、この年末年始にCDを聞きまくった。DVDを続けて見る根気はないので、CDだ。まあ、掃除しながらだけど。珍しく、アルバムも通しで聞いた。

CDからパソコンに落として聞いているので、たぶん、CDよりももっと音がカットされていると思うが、慣れたせいなのか、わりと聞けた。

どうでも良いけど、わしの歳で、まともに共感できる曲が少ないのだ。どうにも若い人向けの歌ばかりで、おやぢ向けの歌が少ない。サザンのDIRTY OLD MAN とかあるけれど、わりと珍しい。

それでわかったのだけど、CDも立て続けに聞くと、やはり感度が増してきて、いろんな曲が面白く聞けるのだなあ。年末に、久しぶりにギターも発掘したので、ああ、この曲、コードをとってコピーしたろかなとか、たぶん時間ないのでできないけれど、そんなことを考えたりしたのであった。振り返ると、まるで教室が始まって欲しくないかのような、正月休みへの郷愁に満ちた、どうでもよいブログであった。おしまい。仕事だ仕事だ。

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2008年1月 2日 (水)

正月から寄り道

元旦。6時前に目が覚めた。

ゆうべ、紅白を見ていたら、おおとりを見る前に寝てしまった。テレビの前で、床の上で。今年じゃない、昨年は何度このパターンがあっただろう。どうもしょっぱなからこうなので、今年もこの勢いで、テレビの前で寝まくることであろう。

そんで、朝もはよから、元旦なのに、掃除の継続。元旦から掃除。足掛け4日目ですが、まだ終わりません。でも終わりは見えてきた。次々と、過去の遺産というか、おおっ!米朝の落語のCD発見! とか 泉谷しげるの「家族(わしが高校生のころのアルバム)」発見!とか、あるのでまったく進みません。

まことにわしの部屋は、驚異の世界です。

去年はいろんなことがあった。今年もいろんなことがあるだろう。それでいいのだ。

通常、出来事自体には、良いも悪いもない。ありゃあというような一見悪いことも、よおしというような良さげなことも、良いか悪いか決めるのは、わしなのだ。そして、わしは何時の頃からか、出来事を良い悪いでは判断しないようにしているのだ。

今年も良いことも悪いことも起こるだろうが、それが人生というものなのだ。うむうむ。

とまるで、何もかもわかったような感じで書いているが、本当はさっぱりわからん。まあ、わからんから面白いんだけどな。

そんでまあ、朝から掃除したり、親父がこっちに来たので駅まで行ったりしていたが、昼下がりから、教室に行って、ろくろを轢いたりしていた。元旦からろくろ回すのは、生まれて初めてです。このあたりに、今年にかけるなみなみならぬ意欲が感じられるが、わしはなんとか、今年中に自分の気に入った茶碗を作ることにしたのだ。

克服すべき点は、実は自分の中に明確になっているので、今年中と言わずに、早々に片をつけたいと思っているのだ。

来年の元旦もろくろを轢いているのだろうか。できればそうでありたいなあと思うおやぢの元旦なのだった。おしまい。

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