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2007年12月11日 (火)

慣性からの脱却

なんと哲学的なタイトルであろうか。我ながら会心のタイトルだ。うむうむ。

こうやって書いているが、もうわしの誕生日になる。実に一年は早いものだ。そこで誕生日を迎え、決意のほどなど書いてみようかと思ったけど、別に新たな決意なんぞいつものようにないのであった。

そんで、なんで「慣性からの脱却」かというと、これはわしが最近ぼんやりと考えていることなのだ。

人間というのは、習慣を大切にする。良い悪いは別として、そういう生き物だ。生活習慣と言っても良いし、ライフスタイルとか行動様式と言っても良い。で、このように様式が決まると実に時間を送るのが楽になる。

楽に感じたら、それはもはや様式がメインとなって、「慣性」と言えるのではないか?「慣性」というのは物理学の用語で、ある活動をしているものは、その活動を続ける傾向があるということですね。

昔、わしがまだ高校生ぐらいのころ、「少年の街 ZF(ゼフ)」というマンガがあった。けっこう恐ろしいのでよく覚えているが、これは少数の少年を除き、全人類が吸血鬼だったかになってしまう話で、吸血鬼となった人類は意志をなくし、ただ生きている。

恐ろしいのは、意志をなくした人類が表面上は今まで通りの生活を続けているのだ。少年達は、おそるおそる自分の街に帰って見ると、近所の人も自分の両親も一見今まで通りの生活を続けている。しかし、その目は死んでいて、意志は一切無く、ただ動いている。これは「慣性」によるもので、今まで通りの様式をただ続けている。「慣性の街」だ。

まあ、別に慣性で生きていっても、なんか楽そうで良いのだが、わしは嫌だ、嫌なのじゃ。

これ、何のことかわからんかもしれん。けれど、生活から考え方まですべてのことに、つい慣性は働いてしまう。

つまらん話だけど、陶芸で言うと、例えば湯呑みか茶碗を作るわな。そんで、底を削ります。高台を削り出すのだけれど、底の厚さが適当かどうか、底を少しはじいてみて、その音を聞けばわかると言われている。

実は、わしはわからん。正確に言うと、わかる場合もあるけれど、わからんことの方が多い。もっと正確に言うと、自分で作ったものは、だいたいわかるけれど、他人、生徒さんが作ったものはわからんことが多い。

これは音の高さでわかるということらしいが、音の高さは、湯呑みやら茶碗の径の大きさや深さにも関係してくるはずなので、よくわからん。

これは昔から言われていることで、どこの教室でも普通にこうやって教えていると思うが、大きな声で言ってもよいが、「わしはわからんのじゃああああああああ」

どうにもわからんので、実際には指ではじくとき、逆側に指をあてて、はじいたときに逆側の指に響いてくるようなら、そこで削りをやめている。厚いと、まったく響いてこないのだ。

これが正しい方法かどうかわからんが、これなら、たぶん誰でもわかると思う。叩いて音を聞いて判断せよ。というのも一つの慣性のような気がする。それで、実はよくわからんのに、わかったような顔をして生徒に講釈をたれる。ううううううう。そんなのはいやじゃあああああああああ。

これはまあ、わりとどうでも良いことだけど、実生活でも陶芸でも同じようなことはいっぱいあり、そういう慣性に流されないようにするのは、ありきたりではあるけれど、自分に対して正直になるしかあるまい。

そんな風にこれからも生きていきたいものだと、まあ正直だけで生きてきたわけではないけれど、たまには誕生日にこんなことを考えたりする47歳。まだまだです。おしまい。

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コメント

お誕生日おめでとうございます。

「慣れ」は真実のからの逃避に繋がることもあるのですね。でも、それは人間が得た知恵でもある。

一方、私は、今の生活に早く、もう少し慣性が欲しい。
まだまだ新しいことが続き、なかなか安定しないのですよ、全てにおいて。
陶芸面でも、全然釉薬が安定しない。ラッキーでいい色ができるって事は、やっぱり無いのね。
これからは、どうも苦手な作業である、釉薬テスト重ねなくちゃあ。。。

投稿: やまばれやすこ | 2007年12月11日 (火) 09時39分

ハッピー誕生日。パチパチパー♪

土丸さんの日記は柔らかさがあるせいか、
奥が深くて途中からかなり真面目に読んでいます。

言っちゃ何ですけどあなどれません。
さすが47だぜっ!・・・失礼しました。

さて。私は10:20を過ぎるとトイレに行きたいです。
これもある意味、慣性かもしれません。
良い慣性はそのまま残したいです。

私はまだまだガキンチョなので人生探検中ですが、
自分に素直な人は柔軟な生き方が出来るのかな。

ちゅうか。どうか良い一日をお過ごし下さいましね。


投稿: きっちょむ | 2007年12月11日 (火) 11時56分

やまばれさん

そりゃ楽しい。釉薬をつくって、テストして、ああでもないこうでもないとやるのは大変楽しい。

どっちかというと、わしは作品作るより、それやる方が好きですじゃ。
ここは妥協してはいけませんですじゃ。


きっちょむさん

そうですか、奥が深いですか。ふふふふふふ。
ふふふふふふふふふふふふふっふふふふ

ふふふっふふふふっふふふふふ

不気味だ。

そういえば、きっちょむさんも日記を書いてください。どうなったのか野次馬根性が騒ぎます。ひひ~ん。

昨日は、朝から良いことがありました。
誕生日のせいか、朝ご飯に鮭の他に卵焼きがつきました。1品多いです。おお、しあわせ。

投稿: 土丸おやぢ | 2007年12月12日 (水) 06時40分

 まだまだ土コネ暦1年ほどの若輩者ですが、それなりの楽しさ、難しさをを感じています。

何を目指すべきなのか?試行錯誤の日々ですが、以前話題になった、絵画と陶芸の合作というか長所

を持ち合わせた様なものを目指せたらと漠然と思いつつ、悪戦苦闘しています。

 講師の先生は歪んでいるのではなく味ですからとか結構ヨイショしてくれるのですが、本人は上

達の目安として整った形をより完成に近いものとして求めています。

近い将来、完成からの脱却を夢見るそんなこのごろです。慣性なんてまだ先の先です。

出来得れば自身の感性の到達を感じられるような作品を、一つで良いので造れたらと思いつつ。

投稿: 那須 | 2007年12月24日 (月) 00時57分

那須さん 久しぶりですな。

整った形なら、つぼですよ。つぼ。

わし、なんかつぼ好きなんです。あのカーブが好きなんです。できれば、セクシーなやつ作りたい。

日本人は壷がすき。

そんで、絵画との融合ならば、最近凝っている、板谷波山ですよ。いっぺん、波山の作品見てみてください。

投稿: 土丸おやぢ | 2007年12月26日 (水) 02時20分

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