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2007年12月30日 (日)

寄り道2

本日もお掃除だ。家のお掃除。自宅のお掃除。

スタッフや生徒さんの中には、わしのことを汚くても平気な人、とか掃除がきらいな人と思っている人が少なからずいる。しかし、それは大きな誤解で、もちろんわしとて、汚いよりきれいなほうが好きだし、掃除だってきらいではない。ただ自分でやるのが嫌いなだけなのだ。

わしは女房様から指示を受け、エアコンだの空気清浄機だののフィルターを掃除にかかる。うちは、女房様がぜんそく持ちなので、やたらと空気清浄機がある。4台ある。それを開けて、フィルターについたほこりをとっていく。もっと頻度多くやらねばなりませんね。

フィルターは掃除機でホコリを吸うのだが、掃除機の頭の部分。横に長い、床とか掃除するやつを見ると、中の回転ブラシに糸くずやら髪の毛やらがまとわりついている。どうにも気になるので、それから掃除しだした。30分以上かかった。それを見た女房様は、「B型って、しょうもないことが気になるのね。」とか言っている。O型は、おおざっぱだなあ。

B型をなめてはいけない。やるときはやるのだよ。凝るときは凝りまくりなのだ。そういえば、わし過去につきあったりした人はほとんどO型だなあ。やはり、O型はB型がすきなのだな。

それで、掃除機でぶいぶいホコリを吸ってたら、急に止まってしまった。ごみが詰まったのかと思って、また別のところ掃除したりしたけど、うんともすんとも言わなくなった。いかん。この年末の忙しいときに。案の定、女房様にいっぱい叱られた。けど、わし、何も悪いことしてません。それより、あの糸くずとりの30分はまったくの無駄になったということですね。

仕方ないので、手ではたいたりしながら掃除を続ける。そして最後に最強の空気清浄機がの登場だ。こいつは、約5年ほど前に最初に買ったというか、買ってもらったやつで確か、かなりのお値段した。しかし、半年ほど使ったけど、なんか調子悪いし、フィルター買い換えようと思ったけど、なかなか買いに行けないので、リビングから、わしの無法部屋に格下げになり、わしが掃除せんものだから、5年間、まったく手をつけていません。

中はどんなになっているだろうと、恐る恐る開けてみると、驚愕の事実が!ここでコマーシャルだな。

なんと、中のフィルター、2つあったのだけど、ビニールに入ったまんま。とてもきれいです。というか、調子が悪いどころか、この5年間、こいつはまったくほこりを吸いもせず、ただ空気を少し攪拌し、電気を消費していたことになる。

ビニールを破り、装着すると、新品です。なんか、空気清浄機に申し訳ないような気がしてきた12月30日の午後であった。清浄機よ永遠なれだな。

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2007年12月29日 (土)

寄り道

昨日で、今年の教室の活動はすべて終わり。27日の木曜で、今年の教室は終わりだったけど、昨日は新しく入るスタッフに一日研修していたので、まあ昨日までがお仕事。

今年の夏ごろから、めっきり忙しくなって、まさに貧乏暇なし状態。どうにもあきません。

今日は、超珍しく何の予定もないので、自分の部屋の掃除をしている。朝、スタッフほぼ全員に新年からのスタッフローテーションとかメールしたけど、返事は誰からもない。みんな忙しいんだろうなあ。

そんで、自分の無法部屋を発掘、掃除をしているのだけど、まあ時間がかかるかかる。

なんか紙がやたら多い。給料関連やら、教室運営やら、バイトでやってる仕事関連やら、やたら紙が多いので、これはそのまま捨てられないのでシュレッダーにかける。

わしは一応、シュレッダーを持っているが、これが調子悪い。3年調子悪い。シュレッダーが調子悪いので、なかなか捨てられなくて、部屋はますます無法の地と化していく。という具合に、全部シュレッダーのせいにしてしまう。

今朝は、そのシュレッダーの分解掃除から始めた。シュレッダーを分解して、あちこちにひっかかっている紙やら、なにやらを取り除き、また組み立てる。なんか2つほどパーツが余っているが、とりあえず快調に動くようになった。めでたい。

ほんで、ぐいぐいシュレッダーしていると、捨てる紙に混じって、以前メモしたやつとか、以前お気に入りだった耳かきとか出てくる出てくる。それで、つい耳をかいたり、あの時、こんなこと考えてたんだなあとか振り返ったり。

発掘したマンガ読んだり、寄り道しまくり。毎年こんな調子なのだが、今年は違うのだ。なんせシュレッダーを直すところから始めているので意気込みが違う。今年こそは整理を確実に実施し、どこに何があるかわかるようにするのだ。こんな意気込みは生まれて初めてなのだ。

実は、部屋は一見ぐちゃぐちゃでも、大体どこに何があるかほぼ把握していて、あんまり無くすことはなかったのだけど、最近の忙しさのせいとあと年とったのか、記憶に自信がなくなってきた。捨てないので、無くなりはしないのだが、どこに何があるのかわからないので、無くしたも同然だな。

自信がなくなれば、それに対応せねば。今までどおりににはいかないのだよ。ちょっと寂しいが、こればっかりは自然の理なので、整理することにする。2日前の、教室の忘年会の途中で頭が痛くなり、翌日も痛かった。どうもいかん。やはり年齢を考えねばなあと、ちょっと寂しくなるわしなのだ。

でも、一直線には進まない。寄り道しまくり。でも良いのだ。少しずつでも良いのだ。と自分をなぐさめ、はげまし、掃除をして、飽きたのでこのブログを書いている。

とても今日中に終えようなんて大それたことは考えていません。3日がかりです。そんなもんです。本日は、このブログ自体が寄り道なので、こんなもんですまんすまん。

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2007年12月26日 (水)

Wonderful&Beautiful

何かすばらしいことを書きそうなタイトルだが、単にこういうタイトルの曲を聴きながら書いているだけのことであった。

さきほどから、クリスマスではあるが、うちのスタッフどもの源泉徴収票の作成にいそしんでいる。わりと机の前に長く座っているので、次から次へとCDをパソコンに入れて、せっせとITUNES(I-PODのソフト)に入れ込んでいる。

ほんで、それがやっと終わって、この冬というか年末に車の中で聴こうと思っている曲のリストを作る。

トップに来るのは、やはりこの時期、スノースマイルだろう。これはなんか冬の名曲。そんで次がタイトルの曲。誕生日に、スタッフからシングルもらった。おねだりしたからなあ。

それからも冬っぽい曲をずらずら並べていく。本当に冬なのかどうかはしらんが、わしが勝手にそう思っているので、それでいいのだ。さすがに波乗りジョニーはいかんなあ。

それから、山崎まさよしの曲も何曲か入れ込む。一月ほど前、深夜に再放送で山崎まさよしのカバーアルバムの中から歌っているのを聴いてから、けっこう気に入っている。これまた、スタッフの中ではまりこんでいるのがいるので、アルバム借りれた。少し研究するのだ。

この前の土曜日、今月でおめでたの為にやめるスタッフがいて、こいつは土丸創設時からいたので、さすがに記念品でも買おうと思って、自由が丘をさまよった。雑貨屋とかいろいろあったが、わしはスリッパを探していた。あったかそうなスリッパ。滑り止め付のやつ。これは昼間に、女性の生徒さんに相談して決めたのだ。わしは、何をあげていいのやらさっぱりわからんからな。

でもないのよ。雑貨屋は自由が丘だけあって、いっぱいあって、雑貨はいっぱいあるけど、スリッパがないのよ。トイレのスリッパしか見つかりません。トイレのスリッパはさすがにあげれません。かれこれ1時間以上歩いてくたびれ果てて、ぜんぜん予定外のものを買った。何かはいえません。恥ずかしいからな。

それから、そのスタッフに早速そのプレゼントを渡しに行った。なんとか泣かしてやりたかったが、うまいきめ台詞が浮かばずに、泣かせませんでした。ううん、残念。それどころか、また帰ってきたいというので、ぜんぜんかまわん。まあ、子供の首が座るまではだめだけど、それ以降ならOK。というか、背中に背負いながら教えるのはどうか?と聞いたら大笑いしていた。

わしはけっこうまじめに、子連れの講師がいてもよいのではないかと思っている。子供をあやしながら、生徒に教えるなんて、なんか素敵ではないか。だめかなあ。

それから、なんかくたびれて、大倉山の教室に鍋作品を取りに戻った。翌日、鍋作品だけ集めて、ちょっと温度を低くして焼くのだ。したら、あーた、大変ですがな。

教室は、グレムリン(懐かしいですな)みたいな生徒と女房様に占拠されていた。みんな酔っ払い。土曜日の生徒の一部で勝手忘年会をやり、さらに2次会を教室でこれまた勝手にやっておった。女房様が音頭をとって、大騒ぎしている。みんな、かなり酔っていて、人の話なんかききゃあしない。

ここに座れ!さあ飲め!と言われても、こちとら車だ。それで、わしはウーロン茶。ぐいぐいとウーロン茶を注いでくれる。ウーロン茶1リットル以上飲みました。2時間以上、しらふで付き合いました。わしって、えらいなあ。酔っ払いと互角に戦ったよ。

12時過ぎても、帰ろうとしないのを強引に終わらせて、さあ帰ろうとしても、外は雨だし、女房様に命じられて、わしはみなを車に乗せて、おうちに届けていく。一人、飲まない人がいると便利だと喜んでいる。くそー。

しまいには、誰とは言わんが、酔っ払って家がわからなくなってしまった人をうちに連れて帰る。2時だぜ。むう。まあ、こんなもんか。

かくして、わしの戦いは続き、Wonderful&Beautifulな日々は続くのである。明日というか、今日は女房様の誕生日になるので、これまた祭りになるのだ。むう。

なんか、本当にだらだらとしたブログだが、こんなもんだろうなあ。

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2007年12月11日 (火)

慣性からの脱却

なんと哲学的なタイトルであろうか。我ながら会心のタイトルだ。うむうむ。

こうやって書いているが、もうわしの誕生日になる。実に一年は早いものだ。そこで誕生日を迎え、決意のほどなど書いてみようかと思ったけど、別に新たな決意なんぞいつものようにないのであった。

そんで、なんで「慣性からの脱却」かというと、これはわしが最近ぼんやりと考えていることなのだ。

人間というのは、習慣を大切にする。良い悪いは別として、そういう生き物だ。生活習慣と言っても良いし、ライフスタイルとか行動様式と言っても良い。で、このように様式が決まると実に時間を送るのが楽になる。

楽に感じたら、それはもはや様式がメインとなって、「慣性」と言えるのではないか?「慣性」というのは物理学の用語で、ある活動をしているものは、その活動を続ける傾向があるということですね。

昔、わしがまだ高校生ぐらいのころ、「少年の街 ZF(ゼフ)」というマンガがあった。けっこう恐ろしいのでよく覚えているが、これは少数の少年を除き、全人類が吸血鬼だったかになってしまう話で、吸血鬼となった人類は意志をなくし、ただ生きている。

恐ろしいのは、意志をなくした人類が表面上は今まで通りの生活を続けているのだ。少年達は、おそるおそる自分の街に帰って見ると、近所の人も自分の両親も一見今まで通りの生活を続けている。しかし、その目は死んでいて、意志は一切無く、ただ動いている。これは「慣性」によるもので、今まで通りの様式をただ続けている。「慣性の街」だ。

まあ、別に慣性で生きていっても、なんか楽そうで良いのだが、わしは嫌だ、嫌なのじゃ。

これ、何のことかわからんかもしれん。けれど、生活から考え方まですべてのことに、つい慣性は働いてしまう。

つまらん話だけど、陶芸で言うと、例えば湯呑みか茶碗を作るわな。そんで、底を削ります。高台を削り出すのだけれど、底の厚さが適当かどうか、底を少しはじいてみて、その音を聞けばわかると言われている。

実は、わしはわからん。正確に言うと、わかる場合もあるけれど、わからんことの方が多い。もっと正確に言うと、自分で作ったものは、だいたいわかるけれど、他人、生徒さんが作ったものはわからんことが多い。

これは音の高さでわかるということらしいが、音の高さは、湯呑みやら茶碗の径の大きさや深さにも関係してくるはずなので、よくわからん。

これは昔から言われていることで、どこの教室でも普通にこうやって教えていると思うが、大きな声で言ってもよいが、「わしはわからんのじゃああああああああ」

どうにもわからんので、実際には指ではじくとき、逆側に指をあてて、はじいたときに逆側の指に響いてくるようなら、そこで削りをやめている。厚いと、まったく響いてこないのだ。

これが正しい方法かどうかわからんが、これなら、たぶん誰でもわかると思う。叩いて音を聞いて判断せよ。というのも一つの慣性のような気がする。それで、実はよくわからんのに、わかったような顔をして生徒に講釈をたれる。ううううううう。そんなのはいやじゃあああああああああ。

これはまあ、わりとどうでも良いことだけど、実生活でも陶芸でも同じようなことはいっぱいあり、そういう慣性に流されないようにするのは、ありきたりではあるけれど、自分に対して正直になるしかあるまい。

そんな風にこれからも生きていきたいものだと、まあ正直だけで生きてきたわけではないけれど、たまには誕生日にこんなことを考えたりする47歳。まだまだです。おしまい。

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