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2007年10月25日 (木)

ポアンカレとサザビーズ

昨日、録画していた気になる番組を見ていた。大変面白かったのはポアンカレ予想の話。

数学上の世紀の難問、ポアンカレ予想を解いたロシアの学者が、それによって本来得られる栄誉や賞を辞退し、隠遁してしまった。なんでじゃ?という話で、ポアンカレ予想自体は、宇宙の形を知るためのものらしく、宇宙の形はどうでもいいと思っている、わしやあなたにとってはそれ自体はどうでもええ。

それよりも、100年以上誰も解けなかった謎を解いた人が、現在も生きていて、隠遁している。こちらにこころ惹かれるものがある。わしは、隠遁したくないよ。わし、人間好きだもの。だから、どんな人なのか、一度お話ししてみたい。むこうは隠遁するぐらいだから、このような野次馬根性丸出しのおやぢとは話したくないだろうなあ。

その前に、アートをビジネスにする話を見た。実はこの二つのテレビ番組があまりに好対照で、ちょっと考え込んでしまった。

現代アート、特に絵画は金になるらしい。特に中国はすごいらしい。なんだかよくわからん絵がものすごい値段で売買されている。

当然、その絵が好きな人より、その絵の値段に興味がある人がむらがり、値段をつり上げていく。特にあのサザビーズのアートの判断基準はずばり「価格」。そりゃそうかもしれんけど、そこまであからさまにやられるとなんだかなあ。

アートというのは日本語では「芸術」だ。つまり、「芸」と「術」ね。人の手にかかって、人のわざがなんらかの素材を昇華させるのだ。それで、現代アートというのが、かなりとっつきにくい、わかりにくいと思っている人が多いのは、まずは「慣れ」の問題だと思う。

慣れてないので、なんだなんだこれは????ということになるのだと思う。そういうわしも、ちょっと見て、なんだなんだこれは???ということは非常によくある。今まで一番???になったのは、たしかオノ・ヨーコの作品だった。サンフランシスコで見たが、果てしなく???になった。作品自体はもう忘れたけど、そのとまどいの感覚は覚えているので、そういう意味では、オノ・ヨーコはすごいのかもしれん。

しかし、好きかというと、あまり好きになれないものがたくさんある。それは「芸」も「術」も感じられないからで、思いつきだろ、これは。もう少し考えてよねと言いたくなる。

特に空間配置系の作品がそうで、そりゃあアーティストで、感性でやるのは良いけど、もう少し考えろよとおやぢはぶつぶつ文句を言うのだ。そうだどうせわしの感覚は古い。古くてけっこう。

なんか、今回のブログは、話がよれまくっているな。アートしてるかも。

まあ、わしはそのアートとビジネスのテレビを見て、現在は絵画が主体だけど、これがやきものに来ないのかなあ。したら、オブジェ系の作品作るやつももう少し食えるようになるなあなどという感じで見ていたのだ。

それで、その番組の中で、有名画家を発掘し売り出す力のあるギャラリーのオーナーが出てきて、やはりビジネスというか、お金というものを意識せざるをえないみたいなことを言っていた。それは、あなたギャラリーのオーナーだもん。あたりまえだわ。

それで、その後で、栄誉も何もかも捨ててしまった天才数学者の話を見たもんだから、わしの古い頭では、どちらかというと、その数学者の方がはるかにアーティストで、なんかすっかり混乱してしまったのであった。おしまい。

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2007年10月18日 (木)

発作

また発作が起きた。

と言っても病気ではない。まあ、でも病気みたいなものか。

2週間ほど前、うちのスタッフの一人が、めでたく結婚式を迎えた。わしにも招待状が来ていて、結婚式は土曜日にある。ところが、その土曜日の他のスタッフも当然ながら招待されていて、しかもそのスタッフは学生時代からの長いつきあい。そいつに教室をつとめさせ、わしが出席というわけにはいかなそうなので、わしが代わりに居残りで教室に出ることになった。とほほ。

それは二子新地の教室で、現在は木曜だけ行っているが、他の曜日はあまり顔を出せない。しかし、そういうわけなので、土曜日に行って、陶芸教室のおやぢをしていた。

午前のクラスに予約していた夫婦が来ないなあと思っていたら、夜になってやってきた。世の中には律儀な人もいるもので、寝過ごしたので、ごめんなさいと言いに来た。わざわざご苦労様です。

それでやめておけば良いものを、その奥さんの方が、「あら、奥田さん久しぶりね。太った?」と無邪気に聞いてきた。無邪気にだ。

この教室で平和に陶芸やりたければ、めったなことを口にしてはいけませんと、わしは軽くたしなめておいたが、北朝鮮でもあるまいし、人の口に戸は立てられないのだ。

実は体重はぜんぜん増えておらず、かえって夏の間に少し減ったのだが、髪の毛を短くしたせいか、そう見えるのかもしれない。けど、そう見えると言うことが問題だ。問題だ。

そこで、家に帰って、女房様に宣言した。

「わしは、朝、三ツ池公園を走ることにした。明日から走る。本当に走る。なんと言っても走る!」たいへん疑わしそうな目をものともせず、翌朝早く起きたわしは、三ツ池公園を走り出したのだ。

三ツ池公園というのは、けっこう大きくて、通常の道でも1周1.5キロあるらしい。わしはその通常の道の外側の木立の間をぬける土の道を走ることにした。たぶん、2.5キロくらいあるのかな。しかもそこを2周してやった。

もちろん全部走り続けることはできず、走ったり歩いたりだけど、2周したら、ぜいぜいはあはあのへろへろだ。

翌日もめげずに2周した。またぜいぜいのはあはあのへろへろ。

3日目は雨で、さすがに雨の中を走るところまで発作は強くないので、走るのをやめたが、その代わりに朝からビリーをやった。ビリー隊長、ぜんぜんついていけません。

その後、窯たきで2日ほど休んだ。普通なら、そのままずるずると走らなくなってしまうのだが、今回の発作はけっこう強くて、その後も走り続け、現在に至っている。

毎日朝からぜいぜいはあはあのへろへろだが、少しづつ体は慣れてきて、走れる距離も長くなってきた。実にめでたい限りだが、困ったことに膝が痛くなってきた。

膝への負担を考えて、土の上を走るようにしているのだが、やはりこの体重を支えるのはかなり苦しいのだろう。がんばれ!わしのひざ!

もともと、もう少し体重を減らしてから走るつもりでいたが、そのつもりになってもう5年たつけど、いつまでたっても走れる体重まで落ちそうにない。そこで、今回思い切って走ってみたが、やはり現実は厳しい。

しかし、ここで膝を壊してはもともこもないので、わしは今夜考え込んでいるのだ。このまま終えるのは実にくやしい。ううむどうしてやろうか。

明日の朝、どうするか決めよう。別に公園を走るのにそんなにこだわることはないではないかと思われるかもしれないが、走ったあとにクールダウンで、ストレッチしながら見上げる空が良いのだ。秋の空。まあ、曇っていてはだめだけど。こうしてしばらく続いているのは、初日に見上げた空が美しかったのだ。自分はごまかせても、空はごまかせないのだ。

ということで、果たして明日はどのような行動になるか、それとも深夜こんな事書いていて夜更かしして、寝過ごして、アジャパーになるのか、思い悩むおやぢの明日はどっちだ。

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2007年10月10日 (水)

シンクロニシティー

格好良いタイトルだ。昔、ポリスというバンドにこんな曲があったなあ。

わたしの記憶が確かならば、シンクロニシティーというのは、ユングの心理学に出てくる、無意識における同期というような意味であった。なんと教養高いではないか。

まあ、一つの出来事ならば、偶然といえるけれど、それが同じ時期に2つ3つと重なると、もはや偶然とは言えず、必然に近いというようなことだな。

現在、それは「天目」しかも「油滴天目」というやつだ。おおざっぱに言うと、天目というのは、鉄分の多い黒い釉薬がかかった茶碗等のことですね。それで、油滴天目というのは、その黒い表面に、金色や銀色の結晶が美しく出たもの。

2,3ヶ月前に、自由が丘教室のある生徒さんから、「油滴天目」がやりたいと言われた。それだけなら、あらそう。で終わるかもしれないが、(その人が読んでるかもしれないから、訂正。いいえ決して終わりません。はい)その後立て続けに、別の教室の別の人から、油滴天目のことを聞かれた。

さらに、これまた全然別のある人から、「わたしは使わないから、よかったら使ってみてください。」ということで、油滴天目の釉薬を貰った。あんまり量も多くないし、どういうレシピかわからないので、教室で使うわけにはいかん。だって、すごく具合が良くても、レシピがわからんと再現できないからな。でもきっかけにはなる。

ここまで揃えば、シンクロニシティーだろう。実は、わしは油滴天目にはまったく興味がなかったが、やらねばなるまい。そうなれば、毎度のことだが、中華街の教室のカリキュラムに組み込んでしまうのだ。天目をやると決めてしまう。そうすれば、いやが上にも、やるだろう。

ということで、最近天目の本を読み、天目茶碗の写真を眺め、あーでもないこーでもない等々考えたりしている。ううむ。陶芸教室のおやぢっぽいなあ。素敵!

それで天目茶碗の写真をしみじみと眺め、黒ってやっぱりきれいだなあと感嘆。

以前、静嘉堂文庫たらいう美術館に曜変天目の茶碗を見に行ったことがある。その時は、「ちっちゃいなあ。きらきらしとるなあ。」ぐらいの感想で、ほとんど小学生並みのことしか感じなかった。

しみじみ写真を眺めると、やはり黒が効いている。というか、黒が効いていないと、油滴にせよ何にせよ美しくない。

油滴天目って、なんでこんなになるんだろうと調べると、釉薬が溶けるころに温度をせっせと上げると、釉薬中に発生したガスが抜け、そこに小さな凹みができる。そこに鉄が集まり、結晶化するらしい。

ということは、攻め炊きの1100度から1200度はけっこう早く上げ、その後結晶化がうまく進むように、ゆっくりと温度を下げねばならない。さらには、釉薬自体にもかなりの粘りが必要になるなあ。

というようなことを考えながら、今日の昼に釉薬を作り、小さな実験窯の焼成パターンをプログラムし、スタートしてきたのだ。あさってが楽しみだあ。と言いながら、これで5度目くらいの実験焼成だ。たぶん、あと5回くらいやれば、けっこうまともなもんができるような気がする。まあ、気がするだけだけど。

うまく焼けたら、写真を載せよう。ここまで読んで、気づいた人がいるかもしれんが、陶芸教室のおやぢと言えども、知らんことはいっぱいあって、生徒から言われて勉強するのだ。世の中に知らないことはいっぱいあるのだ。そして、わしは自分が知らないことを知っているのである。これまた実に哲学的ではないか。ソクラテスである。ううむ。今回は、秋ということもあり、実に教養高くまとめて実に満足。

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2007年10月 5日 (金)

釉薬の誘惑

というタイトルを付けてみたけど、別に釉薬は誘惑せんわなあ。

久しぶりに自慢でもするか。土丸では、ほとんどの釉薬は自作している。釉薬の自作というのは、なんか本格的っぽいではないか。

うちの教室では、釉薬を作るためのミルという機械がある。以前、わしは土の小売りというか卸をやっていた時期があって、そのせいで東京西部、神奈川の多くの陶芸教室を訪ねたが、驚くべし、釉薬を自作している教室はほとんどなかった。

なんで??わけがわからん。釉薬を作るのは、本当に難しくもなんともない。原料を買って、それを調合して、水と一緒にミルに入れ、ごろごろと回すだけだ。確かに手間がかかるが、自作する良さがいっぱいある。

まず、オリジナルの釉薬が作れる。このあたりもう少しマット調にしたいなあというのもできる。まあ、多少は釉薬の勉強をせねばならんけど、別に化学式をどうこうするわけでないので、そんなに難しくないと思う。

それとそれと、教室を運営する上で、たいへん大事なのが、自家調合だと、圧倒的に安くつくということなのだ。

ある陶芸教室に行ってみると、釉薬は全部液体のものを買っているという。石灰透明釉まで液体で買うという。わしはたまげた。月にいくらくらいか聞いてみたら、わしの教室の5倍ぐらいかかっている。むう。お金持ちね。

まあ、釉薬の話はこれからも書くと思うので、このへんにしておこう。というのも、こういうことを書くのも、今夜、うちの女房様から、「○○の釉薬、早く買って」と言われたからなのだ。

ほとんどが自家製と言っても、買っている釉薬も何種類かある。その中の一つが少なくなったので、買い足せという。実はわしも買い足したい。しかし、しかし、そこは強敵なのだ。

その釉薬は、瀬戸だか多治見だか忘れたけれど、あっちの方にある釉薬屋さんで、そこは大変安くて、質のよい釉薬を作ってくれる。わしが買うのは、粉状のもので、これを上記のミルに自分で入れてごろごろ回すわけだ。

その釉薬屋は、釉薬は良いのだが、電話が強敵なのだ。以下実話。

去年だったか、そこに釉薬の注文の電話を入れた。

「○○釉を5キロ、それを5つ欲しいんだけど。」

大変元気の良い女性が、「あいわかりました。お見積もりをいれさせていただきますので。」というので、FAX番号を伝えた。

FAXが来ん。ぜんぜん来ない。わしも忙しいので、忘れていたが、2週間ほどして、再度電話した。

「あいすみません。そうしたら、すぐにFAXします。」というので、再度FAX番号を伝える。実は毎度FAX番号を伝えているので、もう10回は教えている。

待っていると、FAXが来た。キロ単位の単価だけ書かれている。運賃は?消費税はいらんのか?それで、トータルいくらなんじゃ?それと、振込先は?というのは、振込んでから送るというので、振込先が知りたいのだ。

それで、もう一度、電話を入れ、せめて振込先を教えてくれという。振込先は、今まで何度も買っているので、わしも調べたらわかるけれど、なんか最近銀行がやたら合併しやがるので、わけがわからん。確か、そういう銀行だったような記憶があるので、教えて欲しいのだ。

「あいわかりました。申し訳ありません。すぐ送ります。」というので、待ってみた。

来ない。ぜんぜん来ない。3週間ほどたった頃、さすがに釉薬が足りなくなってきたので、再度電話した。

この頃になると、わしもかなり学習してきたというか、恐ろしくなってきた。わしのことが嫌いなのかしらとかも思うけど、わしは何もしておらん。

それで電話したら、またあの元気の良い女性。あれはどうしたと聞くと、「あいすみません、少々お待ちください。」と言って、何か捜しているようだ。あんまり長いので、わしは電話を切ってしまった。さすがにめげてきた。

翌週、再び電話してみた。また元気の良い女性の声がしたとたん、わしは受話器を切っていた。もう堪忍や。

20分ほどして、逃げていてはいけないと思って、再度電話。なんという幸運。別の人の声がする。ここは逃すまじ!注文して、FAXを頼むと、10分ほどでFAXが来た。金額も振込先も入っている。うれしい!

というように、欲しい釉薬を手に入れるためには、たいへんな努力が必要なのだ。その努力は実はもういやなので、なんとかあの釉薬を自分で作るか、他のものにしたいと思うおやぢであった。今日は長いな、おしまい。

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