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2007年8月28日 (火)

夏の終わりに

まだまだ暑い日が続くが、夏も終わりだなと思う今日この頃。わしの陶芸教室の夏もそろそろ終わりだな。

夏は陶芸教室にとって、どうにもこうにもならない季節だ。窯を炊くと、暑いのがますます暑いし、生徒もお休みをどんどんとる。夏は出歩くのもおっくうになるので、それはそれで仕方ないし、子供が夏休みで家にいるので、ごはんを作らねばならない。これまた仕方ない。子供はごはんを食べるからな。

それで、まあ仕方ないとか言っていると、教室の売上もどんどん減るのである。これはまあ仕方ないことではあるが、それをほっておくと、経営者としては失格になる。

わしは、まあ多少の対策は打っていたが、ほとんど野放し状態でここまでやってきた。しかし、いかんなあ、このままじゃあ。

わしは、自分の陶芸教室は自由が良いと思っている。しばりというか、ルールは極力少なく、善意と常識で判断する。しかし、教室が増えると、そうも言ってられなくなってきた。

これは、わしとしてはとてもさみしいことなのだ。今回のブログはかなりしんみりである。

なんとかするというのは、教室としての自由度が減ることになる。ガチガチにしてしまうと、そもそも教室を始めた意味がなくなる。極力自由を残しながら、教室として成り立たつようなバランスを探らねばならない。むう。

なんか、そろそろ普通の陶芸教室みたいになっていく必要があるのかなと今年の始めくらいから考え始め、ついにあれほど嫌っていた口座振替を始めた。

これをもう少し広めなければならない。それと同時に、生徒がもっと来たくなるような教室にせねばならない。むう。

土丸は、わしはわりといい教室だと思っているが、とても良い教室にはまだ遠いとは思っている。ただ、わしはわりといい教室と思っているが、生徒から見たらそうでもないのかもしれない。

教室やスタッフにとっても、生徒にとっても良い状態を作るのは、どないすべえかとただただ考え、ブログるわしであった。なんせ、この時期たいへんなのよ。すっかり寅さんに出てくるタコ社長になっているのであった。このタコ!

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2007年8月22日 (水)

五体

信楽にいる間に、面白いテレビを見た。NHKのハイビジョンだったかな、東京芸大の自画像の話だ。

東京芸大の絵画を選んだ学生は、卒業する前に自画像を描かねばならないということで、これは黒田清輝から始まった伝統らしい。その自画像は、学校が買い上げ、永久に保存される。

番組は、明治から現代に至る4600枚にものぼる自画像を紹介していく。その時代背景と、時にその作者のその後を織り交ぜながら。

絵は、つたないものもある。芸大の学生なので、つたないわけはないと思うが、そう見えるのだから仕方ない。それは、ほとんどの作品にあふれている若気のせいなんだろう。そういうものを見ていると、なんだかこちらも気恥ずかしく、またわしも若い頃を思い出してしまう。

また、最近の作者が登場して、「この作品は、こういうことを表している。」とか解説してくれたが、実際の作品を前にして、その解説の無意味なこと。実際の作者の意図でさえ、作品の前ではこんなに意味がなくなるものなのか。

その番組を見ている間に、わしは若い頃よく読んだ詩集を思い出していた。絵画とも、芸大とも全然関係ないけど、思い出したんだから仕方ない。どうですか、詩集ですよ。すごいでしょ。まるで文学青年みたいでしょ。わしは、本はたくさん読んだのだ。

金子光晴。知っている人は知っている。知らん人は全然知らん詩人。わしは大好き。

金子光晴というと、「おっとせい」が有名で、反戦詩人みたいに捉えられているけれど、わしは彼が東南アジアを漂白していた頃のものなど、何度も何度も読んだ。背後に流れるセンチメンタリズムがいいんです。

それで、横浜に戻ってきて、さっそく本棚を捜し、読み返す。やっぱりやることいっぱいあるから、それこそ丁寧に読み返す。

30年来の一等好きな「五体」がやはりいい。その最後のくだり、

「また、この心は、

損益や、真偽を思量するためでなく、そのまま

君にあずけるためにあると知った。」

にまたしみじみする。最近、損益ばかり考えているので、いかんいかんと思いながらも、またこれから損益を考えねばならん我が身のつらさよ。ああ、これって、現実逃避かもしれんけど、旅に出たいなあ。とか書くと、女房様が、「あら、旅。へえ。いいわね。自分だけ行くの?あっそう。行ったら?」とか言ってくるのかなあとか思う、おやぢの休日であった。おしまい。

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2007年8月18日 (土)

信楽

このお盆に、久しぶりに故郷の信楽に帰った。1年以上、帰ってなかったような気がする。

信楽というのは、ひょっとしたら知らない人もいるかもしれないけど、滋賀県です。滋賀県の一番南の端で、琵琶湖からはかなり離れている。横浜からなら、車なら東名高速を使って、豊田まで行き、そこから伊勢湾岸道路を通って、東名阪で伊賀まで、そこから一般道で15分くらいかな。横浜からだと、だいたい休憩含めて6時間くらい。450キロくらいですね。空いていれば、5時間くらいかもしれない。

はっきり言って、田舎だ。山のなか。標高は約300メートルある。

やっぱり故郷なので、伊賀から信楽へ入ると、ああ帰ってきたなあという感じがする。

そういえば、伊賀と信楽はおとなりなのだ。伊賀焼というのもあるけれど、実は使っている土は信楽とほぼ同じというか、同じ。山の北側を掘っているのが、信楽で、南側は伊賀。だから安土桃山までは、焼き物に関して言えば、伊賀も信楽もなんかほぼ同じで、見分けはほぼつかないらしい。

今回、信楽に帰ったのは、まあお墓参りなどもあるけれど、窯のこともあるのだ。

前回のブログで窯のことを書いて、匿名氏から、徳島なら貸してあげると大変ありがたいありがたいお申し出があったが、徳島まで行くくらいなら、信楽の方がまだましだ。

それで、実家の裏、かつては大規模な登り窯があった場所を久しぶりに見てみた。登り窯はすでに撤去され、夏だし、雑草などで密林と化している。ここなら、いいなあ。いい按配のの傾斜もあるし、まわりに民家はうちと他に1軒だけ。

それで、おやじ(土丸おやぢではなく、土丸おやぢのおやじ)に聞いてみたら、ええよと言う。けど、うちの土地ではなく、今は親戚の名義になっているらしい。

昔は、ここでぼんぼん薪で窯をたいていたが、今炊いても大丈夫だろうか。なんと言っても、わしのおかんが反対するかも。洗濯物が煙で汚れそうだしな。おやじも、「そうだなあ」とか言っている。

うちの裏がだめでも、どこぞ近場では、貸してくれそうなとこあるかいなと聞いたら、なんぼでもあるという。「○○あたりやったら、ええんとちゃうか。」「どこでもええわ。」ということで、ほぼ用地のめどはついたような感じ。まだ実際に申し込んでないけど、勝手に決めてしまった。

あとは資材だな。安くあげる為に、中古のレンガを捜さねば。まあ、それは丸二の千葉さんに頼んでしまおうとこれまた勝手に決めた。

何人か、希望者で信楽ツアーを組んで、宿泊は実家だな。3軒あるので、通称下の家と呼んでいるところに例えば、女性は泊まらせ、男性は母屋か。阪神淡路大震災の時、少し揺れて、怖かったので、うちの両親は離れの家をリフォームして、そっちで住んでいる。母屋は、おやじの書斎みたいになっているだけなので、なんぼでも泊まれるが、地震が来ないことを祈ろう。

ということで、まだ何にも決まってないけれど、なんか大体決まったような気がして、よかったよかったということで、おしまい。

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2007年8月 9日 (木)

久しぶりに陶芸のことでも書くか

ふと思って、最近のブログを見たら、ほとんどもう2ヶ月も陶芸のことを書いていない。

台風おやぢだのう○○のことだの書いてあるけど、陶芸のことが書いてない。

がーん!そうだったのか。

それでまあ、陶芸のことを書こう。うーんとうーんとそうだ窯のことを書こう。

なんでまた、ネタもないのにこうして誰が読んでるかさっぱりわからんブログを書こうとしているかというと、実はけっこうやらなければならないことがいっぱいあって、そういう時って、なぜかふだんあまり読まない本を読んでみたりしますよね。それです。

土丸の10周年を記念して、窯を作りたいなと思っている。できれば穴窯がいいけれど、問題は場所だわな。

1年くらいかけてやりたいなあとか思っている。誰か、山貸してくれんかな。窯作るから。

まあ、穴窯がだめなら、お手軽なミニチュアの窯でも作ろうとも思っている。

わしは、信楽の生まれで、家の裏には子供の頃、大きな登り窯があった。わしがもの心つく頃にはもう使われてなくて、子供の遊び場になっていた。

登り窯の中は、夏でもひんやりとして涼しく、窯の周りの土にはあり地獄がたくさんあった。わしは近所の子供らとそこでかくれんぼしたり、あり地獄を見たりしていた。

信楽の町のあちこちには窯があって、窯というものには、何かしら畏敬というか、特別な感情がある。それが自分で作ったりできるもんだとは、実は思いもしなかった。

窯って、案外簡単なんだあと思ったのは、6,7年前かな。三鷹に板橋さんという陶芸家がいて、月に1回研究会というものをやっている。たいへん面白いので、以前はできるだけ毎月行くようにしていた。

ある時、その板橋さんが、窯を作ると言い出した。目標は10万円を切る窯だという。10万切ったら、世の中の窯屋さんが困るだろうなあとかぶつぶつ言いながらも、板橋さんは窯を作った。

制作費用 たぶん3,4万(ガスバーナーと熱電対:温度計を除く)

制作時間 たぶん半日ほど

で窯ができてしまった。材料は、イソライトというもの。これはイソライト工業というところが作っている断熱材で、さわった感じはまるでちょっと高級な発泡スチロール。実際に、カッターで切れてしまう。しかし、これは1300度にも耐える代物で、板橋さんはこれを買ってきた。

外枠は、ホームセンターで買ってきたスチール棚の柱などで組み上げた。窯のサイズは、窯の内部が40×45センチ。これは棚板(窯の中で作品を載せる板。通常はカーボランダム製)に合わせた。

なんか設計にはけっこう時間がかかってたみたいだけど、図面ができると、実際の作業はカッターで切るだけなので、2時間もあれば材料の準備は終わってしまう。

さらには、それを組み立てるのだけれど、スチールの柱をねじで止めて、あとはイソライトのボードをはめこむだけなので、30分もかからない。

熱源はガス。プロパンガス。このバーナーは、電気窯についている還元用のガスバーナーにした。

板橋さんは、これで焼けるよ!すごいよ!とはしゃいでいた。何か焼かねばならないので、板橋さんは、これを焼いちゃおうと言って、生徒(一種の陶芸教室をやっている)の作品をいくつか窯に入れてしまった。

わしは、これで本当に焼けるのかなあと思って見ていたら、温度は上がる上がる。すごい勢いで上昇していく。板橋さんも大喜び。しかし、30分もすると、中でパンパンと音がする。あまりの急上昇に、作品が破裂したのだ。板橋さんもしまったという顔をしていた。それとともに、かなり臭い。イソライトのボードは、最初焼けるとき、かなり臭いのだ。

当然、その日の内には見れないけれど、次に行ったときには、この前、焼いたのはこれだと見せてくれた。焼けてる。ううむ。あんなお気楽なものでも焼けるんだなあと、非常に感心した。

どう。誰かやってみません?でも臭いしなあ・・

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2007年8月 5日 (日)

朝から濡れ衣

またくだらないブログを書くことになるなあ。

今朝、けっこう早くに中華街の教室に出かけた。今日中に、2基ある窯の両方で素焼きをせねばならん。悲しいことに2基同時に焼けないので、片方が終わって、それからもう片方をスタートさせる。

ということは、素焼きには約8時間かかる。通常の教室は10時から始まり、日曜は午後4時頃終わる。ということは、早く行かねば、教室が終わってから、呆然と次の窯をスタートさせるために待たねばならない。

8時前には、教室に着き、まずは焼き上がった素焼きを出さねばならん。まだ150度ほどあるので、しこたま熱い。皮手袋をはめての作業になる。

まずは一窯出し終わったころには、もう汗だくのだくだく。今日は暑いなあ。

それから、窯を詰め出す。余熱があるので、素焼きには8時間もかからずに焼けるので、それはいいんだけど、熱くてたまらん。15分ほどしか連続して動けない。

15分もすると、もうたまらんので、窯小屋の外に出て、水をぐびぐび飲む。外はもう30度あるはずだけど、たまらん涼しく感じる。

そういうことを繰り返し、9時を少し過ぎ、窯詰めもほぼ終わりに近づいて、やれやれと腰を降ろして涼んでいると、掃除のおばさんがやってきた。

中華街の教室は、委託で引き受けている教室で、運営はかながわ社会保険センターなので、掃除は何人かのおばちゃんがやってくれる。陶芸の教室は間違いなく、ここでは最高に掃除が大変だと思うので、わしは感謝し、できるだけ愛想よくしている。掃除のおばちゃんに嫌われたら、終わりだわな。

そのおばちゃんは、わしに近づき、にやにやして、

「先生 犬のう○○ ふんだでしょ。」

「へっ?」

「先生 犬のう○○ ふんだでしょ。」

朝っぱらからなんであろうか。

「踏んでません」

「そこの駐車場に、犬のう○○があって、誰か踏んだのよ。先生しかまだ来てないから、先生が踏んだんでしょ。」

「踏んでないってば!」

「足の裏を見てご覧。」

おばちゃんは、完全にわしが踏んだと決めつけている。疑わしそうな目をして去っていった。しかし、神に誓って言う。わしは踏んでいません。けど、万が一ということはあるので、足の裏は見た。無実だ。

「わしは踏んでない・・」

誰に言うでもなく、むちゃくちゃに熱い窯小屋の中でわしはつぶやいた。しかし、おばちゃんはもう行ってしまった。むう。

実際に、犬のう○○を踏むのも、へこむが、踏んでもいないのに、踏んだと思われるのもへこむものである。しかし、何度も言うが、わしは無実だ。

せっかく、昨日だか一昨日に、「教室の品格」みたいなことを書いていたのに、犬のう○○を踏んだとか踏んでないとか、品格のかけらもないではないか。ううむ、今日は朝からこれこそ踏んだりけったりだなあと思いながら、窯詰めを続行したのであった。

本日も、夕方までに、ミネラルウオーター1リットル、スポーツドリンク0.5リットル、ウーロン茶1リットル、コカコーラゼロを1本飲み、死ぬほど汗をかいたのであった。おしまい。

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2007年8月 4日 (土)

教室の品格

国家にも女性にも企業にも品格が問われたりする昨今。うちの教室に品格はあるのだろうかとふと考えた。

貧乏を自慢するくらいなので、あんまり品格とは縁がなさそうな気もする。そういえば、この「びんぼう自慢」というの、自分でタイトル書いてて、どっかで聞いたことあるなあ。と思っていたら、古今亭 志ん生の本ではないか。

志ん生の落語は時々聞く。わしのI-PODにも入っているが、本は読んだことがない。早速、注文してお取り寄せだああ。インターネットって便利だな。

話が思いっきりそれた。

品格とは何かを考えると、志と行動だろう。行動が良くても、志がなければ、形式的になる。志だけあって、行動が伴わなければ、うそつきだ。

志はあると思っている。あまり格調は高くないけど、あることはある。行動はどうだろうか、志に沿っているだろうか。ううむ。わしは教室を汚して、生徒やスタッフに怒られるし、機嫌が悪いこともある。ううむううむ。

こんなことを書いているのも、昨日面接とかしたからだ。時々、スタッフになりたいという人からメールが来て、わしはできるだけ会うようにしている。土丸という教室は、陶芸を目指す人の働ける場としても作ったつもりなので、希望者があれば、時間があればとりあえず会うのだ。まあ、その前に少しメールでやりとりもするけれど。

結局、昨日会った人はその場で断った。面接とかは、断る場合、できるだけその場で断るようにしている。変な期待を持たせるよりは良いだろうと思っているのだけど、昨日、その面接をしていた人と話していて、働きたいという人を断るなんて、わしも偉くなったというか、そんな偉そうでいいのかいなと思ったのだ。

その後、スタッフの一人とシフトについて話をした。なかなか希望通りにしてあげられないのだ。申し訳ない。ちょっと、へこむ。

陶芸教室の仕事は楽しい。人に教えるというのは実に楽しい。生徒さんの驚き、よろこびを見ることは実に楽しい。

早く、その楽しさだけを感じて教室をやっていきたいなあと思いながらも、その前に教室の維持もせねばならず、なかなか、お気楽になれないのだ。当たり前だけど。

まあ、品格とは直接関係はないけれど、わしが一応経営者ではあるので、わしの行動が教室の品格になってくる。ううむ。どう考えても、品格はなさそうだなあ。

「正しき者は強くあれ」

 これは、うちの近所の橘学園という学校にある石碑に刻まれた言葉だ。その学校は経団連会長をやった土光敏光の母が女性地位向上のためにたてたということで、石碑の言葉はその母の言葉らしい。

実に良い言葉ではないか。自分を正しいと思うことは実に危険ではあるが、正しい者が強くなければ、どうするのだ!というように、自分を叱咤激励し、日々が過ぎていくのである。なんせおやぢは強くあらねばならんのだああああ。という、実に品格に欠ける叫びでブログは終わるのであった。しっちゃかめっちゃかですな。

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