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2007年2月23日 (金)

深夜に内職

内職と言うのはいい響きだなあとしみじみしながら、箱を折っている。

もうじき3時だ。そろそろ寝ないと、明日がつらくなる。でもなぜか、こういう内職仕事は手が止まらないんだなあ。

なんかしらんが、どういう巡り会わせか、わしは夜中に箱を折っている。詳細をここではお話できない。う~ん。ちょっとだけならいいかな。

2,3年前に、あるベンチャー企業の新製品を作る手伝いをした。焼き物に関連するものなのだ。それは、その製品も面白そうだったし、そのテーマというか、素材も面白そうだったので、けっこう一生懸命協力した。

それで、それが売れたら、コミッションというか、いくらかもらえることになっていた。しかしまあ残念なことに、いろんなことが起こりまくり、その製品は店頭に並ぶことはなく、お蔵になっていた。

それが、どういうことか、最近そのベンチャー企業とまた接触があり、本来わしに支払わなければならない研究費というか、技術協力費というか、そんなものがあるのだけれど、ベンチャーですからお金がないので、現物支給ということになった。

くれるのはいいのだが、箱と製品が別々になったまま。箱詰めがまだ済んでいない。

ということで、わしが夜中に内職をしているのだ。

頭がもうろうとしてきた。そういえば、小学校の3年生だったかな。わしの家の裏に、うちの一族がやっている焼き物工場があり、わしは学校が終わると、夕方そこに行って、箱を折ったり、製品を詰めたりするのを手伝ったりした。ラジオを聴きながら、やっていたのだけれど、あのころのラジオはある曲が流行ると、やたらそれをかけまくっていた。

たしか、「さらば恋人」とかそれで覚えたんだよなあとかいうことを考えながら、実はだいぶ疲れたので、こうしてブログしてサボっているのであった。あともう少しやーろおっと。実は、わしはこういう超単純作業はきらいではないのだ。というか、少し好き。う~ん。われながらビンボくさいなあと思いながら夜は更けるのである。

オールナイトニッポン・エヴァーグリーンでも聞こうかなあ。

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2007年2月17日 (土)

わしの知的生産性

先日、わしの教室の生徒さんのブログに「知的生産性」について書かれていた。わしはそれにコメントで、「わしも書いてみます。」とコメントを入れてしまい、実は昨日書く予定であったが、なんやかんやで本日になってしまった。

さて。

なんで?陶芸教室のおやぢが「知的生産性?」と思われるかも知れない。というか、そう思うに違いない。その通りその通り。

これはわしの土丸おやぢになる前の前職に関係がある。わしは、某コンサルティングファームにいた、たいへん有能な経営コンサルタントだったのだ。じゃーん!

そこに居た時に、知的生産性というか、「考える」ということについては、口うるさく言われた。そして、そいつらは今でも少しは役に立っているのだ。

まず、ああいうようなものは、まず正解というのはない。誰も正解!と言ってくれない。いいのか悪いのか、やってみなければわからない。だから、「これでいいと思うな。」ということはよく言われた。考えて、考えて考え続けて、時間切れ時点でひとまずの答えを出す。

そして「考え方」について。これは、たしかにコツがある。知的生産性というからには、生産性の一種なので、アウトプットとインプットがある。すると、

「アウトプットの質は、考える回数によって決まる。」

「考える回数を上げるには、人を変え、場所を変え、時間を変える。」

かなりまじめな話で、書くほうも疲れてきたが、読むほうもそうであろう。たまには、わしもう○この話ばかりでなく、こういうことも書くことがあるのだ。

考える回数というのが、よくわからないかもしれない。これは、人間が何かを考えると、あまり長い時間考えてられないから、時間よりも回数だよ。ということなのだ。自分では2時間考えているつもりでも、いつしか同じことをぐるぐる考えたり、つまらぬことをくよくよ考えてしまう。

そこで、まず朝考える。そして、「ここまで考えた」と自分で思う。1回。

次に昼に考える。朝考えた続きを考える。あるいは検証する。2回。

それで、誰かに自分の考えを話してみる。そして、意見を聞く。まとまってないときは、うまく説明できない。あるいは説明しているときに、足りないところに気付いたりする。たまには、話した人が何かを言ってくれる。これで3回。

会社でばかり考えると、煮詰まるので、喫茶店でも行ってみて、そこで考える。4回。

というように、最低でも4回は考えろと言われた。

その癖が今でも抜けなくて、ときどきわしはやたらと周りの人に、現在考えていることを話したりする。さぞや迷惑であろう。

そして、極め付けが、「頭で考えるな、手で考えろ」ということで、これはとにかく、書け!書いてみろ!そうして目で見たら、また変わってくるというもの。

ということで、手で考えるというよいうに、現在手で作りながら考えているのであった。

実に最後に陶芸に結びついてよかったよかった。

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2007年2月15日 (木)

今朝は8回

今日は陶芸とは一切関係がないはなし。あんまり読む必要がないし、はっきり言って、読む必要も、つまり書く必要もないことでございます。

あさ、わたくしは犬の散歩をします。起きたら、というか、目覚ましが鳴ると犬が起しにまいります。ネコはよくこういうことをやりますが、犬もやるんでございますねえ。

それで、犬を連れて、すぐ近くの三ッ池公園に行くのでございます。この公園はけっこう大きゅうございまして、一周すると、2、3キロはあるんでございましょうか。

朝でございますので、犬はう○こをいたします。現在、義母の家の犬も預かっておりますので、わたくしは犬を2匹連れているのでございます。アメリカン・コッカースパニエル(ツナヨシ)と柴犬(ゴンタ)でございます。

それらの犬どもが、かわるがわるう○こをいたすわけでございます。まあ、生き物でございますから当然でございます。わたくしは、トイレットペーパーを用意していて、犬がいたすと、それをペーパーに包んで、ビニール袋に入れておるのでございます。

犬が1匹だとあんまり感じませんでしたが、2匹となると、う○こも単純に考えると2倍。それが2匹実際に連れて歩くと、お互いに影響しあうんでしょうなあ、2倍以上になってまいります。

あっ このへんで読むのをやめていただいてもかまいせん。わたくしはここまで書いたので、一気に書ききってしまいましょう。

今朝は、いつもにまして激しゅうございました。まず、ツナヨシが家の前で1回。そしてしばらく歩くと、2回目をなさいました。

さらに歩くと、今度はゴンタが1回目。すごい量でございました。昨日、夕方の散歩でなさらなかったせいでございましょう。ところが、意外なことに、20メートルも歩くと、ゴンタが2回目。これもなかなかの量でございます。わたくしはびっくりいたしました。

ツナヨシはそれを見ていたのでございましょう。まけじと3回目をなさいます。しばらく間が空いて、ゴンタも3回目。都合6回でございます。そのたびごとに、わたくしはペーパーできれいにう○こを処理せねばなりません。ええかげんにしてくれと言いたくもなります。

それが、でございます。散歩も終盤に近づいたとき、ゴンタに不穏な動きが!まさか!と思ったら、なんと4回目でございます。いったい、あの体のどこにそんなにたくさんのう○こが入っているんでございましょう。

しかも、なんとそれを見ていたツナヨシまでも並んでいきみだしました。こちらも4回目でございます。都合8回。わたくしはう○こを処理いたしたのでございます。

ぜんぜん、わたくしは気にはしておりませんが、朝から何回も何回もう○この処理をいたしますのは、実になんと申しましょうか、気分が乗らないというか、どっぺるもんでございます。

今朝は8回でございまして、過去最高ございました。こんなブログに付き合っていただきまことにありがとうございました。わたくしもおかげですっきりいたしました。

おしまい

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2007年2月14日 (水)

伊賀焼

伊賀焼というのがある。茶陶が有名で、水差しとかお茶で使う道具がある。伊賀と言うのは、知っている人は知っているが、信楽の隣で、まあ向こうは伊賀の隣が信楽と思っているだろう。わしは信楽出身なのでどうしても話が信楽中心になる。

室町時代のころは、信楽も伊賀もあまり違いはなく、そもそも使う土がほとんど同じ、言ってみれば山の北側を掘ったのが信楽で、南側が伊賀になる。

安土桃山から江戸時代にかけて、伊賀と信楽は分かれていく。信楽は天領で、天領というのは幕府の直轄地ですね。これは、どうやら、本能寺の変のとき、徳川家康が逃げるのを信楽の地侍が手伝ったらしい。多羅尾氏というのだけど、それで代々信楽の代官をやっていたらしい。

そうだ!東京に愛宕山というのがありますな。NHKがラジオの放送を始めたところ。現在は、そこに掘られたトンネルは、昼間タクシーおよびなまけものの営業マンのかっこうのお休みどころになっている。その愛宕山というのは、信楽の真ん中にあるのも愛宕山で、江戸の愛宕山は、こちらから名前をもらったらしい。

今回は歴史話だな。

というのも、この前の還元の窯に伊賀風のサンプルをいくつか焼いたら、これがけっこううまくそれらしく焼けていたのだ。写真、写真。

Image038_1 Image039 Image040

なんかそれっぽいでしょ。

そして、なぜか写真にソフトフォーカスみたいにかかっているのは、わしの携帯電話のカメラのレンズが汚れているから。

これなんとkならんかな。携帯をポケットに入れておくと、どうしてもレンズに傷がついちゃうのよね。

と言う風に、伊賀について書いているが、本来はここは備前のことを書こうと思っていたのだが、実は第一回のブレンドは見事失敗の巻で、むう。これは載せられないなあと自粛したので、うまくできた伊賀でごまかしているのでありました。

しかし、わしはここでひるんだわけではく、ブレンドを多少変更し、来週再度挑戦するのだ。失敗と言うのは、あきらめた時点で失敗になる。成功するまでやりつづければよいのだ。簡単簡単。

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2007年2月10日 (土)

三鷹の風

よく著名人のブログとか見ると、今日はどこそこに行ったとか、誰それに会ったとか良く書いている。わしはどうも「どこそこ」も「だれそれ」もあんまり起きないので、ほぼブログもバカ話の連続になっている。

しかし、一昨日、久しぶりに朝飯も食わずに三鷹に出かけた。三鷹にあるWINDS陶芸研究所の月1回の研究会に出席するためだ。

WINDSは、陶芸家の板橋廣美さん(女性のような名前だが、男性だ)が主宰する陶芸教室というよりは、工房で、なんせ研究所だから、すごいよ。

200729_067_1 わしは板橋さんが大好きだ。この人は本当に面白い。作品も面白いが、なんと言っても、その人柄だ。立派な「とうげいか」で、わしのような「とうげいや」とはだいぶ違う。

写真は、口をゆがめた鉢を削っているところ。研究会は板橋さんのワークショップで、ほとんどなんでも教えてくれる。それを見ているだけで楽しいのだ。板橋さんは、このあと、昨日作ってあった湯呑みの削りなどをやり、「うまく削ろうとか、あんまり思わなくていいですねえ~」とか言いながら、どんどん削る。自分で削ったものの出来上がりを見て、「ああ こりゃひどいなあ。へただと思われたらいやだから、手で直しちゃお」とか言いながら、三日月になった高台を手で直していた。

この人のすごいところは、作品もすごいが、陶芸に対する姿勢だ。展示会に出すような作品も、人に請われると、その作り方をものすごく丁寧に全部教えてくれる。

陶芸と言うのは、作り方によって作品が決まってくる。ろくろだとやはり丸いものになるし、たたらだと平面になる。ということは、作り方と言うか、技法はできるだけたくさん知っていた方が、表現できるものが広がる。だからなんでも教える。問題は技法ではなく、その技法を使ってどんなものを作るかということで、教えてもらった技法で先生と同じものを作っても何も意味はない。もっといいものを作ろうとしなければ。

というのが板橋さんの考え方で、わしは昔これを聞いて、ものすごく感心し、そのまま取り入れた。いいものはじゃんじゃんいただくのだ。

この研究会、わしは2、3年行ってなかったが、昨年からうちのスタッフになった鈴木というのが、もとここのスタッフで、WINDSの話をしていたら、久しぶりにまた行きたくなったのだ。一昨日は、この鈴木も来ていた。

それはいいんだが、話の最中に鈴木の腹が鳴る、鳴る。メシぐらい食ってこいよと思ってたら、わしの腹も鳴る鳴る。今朝は、ここに来るために朝飯食えなかった。というか、寝過ごしたので食ってる時間がなくなったのだ。

お昼ごろになると、情けないことに陶芸よりも昼飯のことに意識がいってしまい、ああお昼に何を食べようとかばかり考え出すようになってきた。いかんいかん、来月は必ずなんとしても朝飯を食ってからこようと固く心に誓ったのであった。おしまい。

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2007年2月 4日 (日)

「これが答えだ」で思い出した

今でこそ陶芸教室のおやぢを張っているが、2、3日前に「これが答えだ」とかいうタイトルを書いて昔のことを思い出した。

かれこれ12、3年前。まだマルチメディアとかいう言葉が雑誌に踊っていた頃。わしは、「これが答えだ!」というどこかの歌からぱくったタイトルで、某広告代理店が出している雑誌になんと連載をもっていた。

すごいでしょ。

93年、94年ころはインターネットがそろそろ勃興してきたころで、マルチメディアとはインターネットのことか?などというわけのわからん議論が行われていた。

わしはやはり男の子なので、そういうことに少し興味があって、いろいろ読んだり、自分で試したりしていたが、何を見ても、「○○すれば××も可能」とかいう可能性をうたったものやらサービスばかりで、うんざりしていた。

そこでわしは発作的に、そんな可能可能と言われても、わしには不要じゃ。わしが欲しいのはこういうことだあという趣旨で、ちまたの統計やらを引用して、マルチメディア関連の事柄をばっさばっさと切り倒していたのだ。

あんまりばっさばっさやりすぎて、何を書いたのか実はよく覚えていない。

わしの部屋のどこかにその雑誌が埋もれていると思うが、いまさら探す気もない。ただ、いくつか覚えていて、インターネットでは、WEBというものの特性で、知らない人同士でも同好の士が集まれるのは、ものすごいことになるとか、確か書いていた。

さらには、マルチメディアとかいうのは、何か中途半端に便利そうだが、時間節約型のサービスが氾濫し、そこであまった時間をどう楽しんで消費するかという「時間消費型」サービスがほとんどない。あるのは、あほみたいなビデオ・オン・デマンドばかりで、流行の映画に興味のない人はどうすんだとか書いていた。

今は、時間消費型のサービスも増えましたねえ。たとえば、ミクシイなんてのもそうだろう。さらには、YOUTUBEとか、ギャオとかもそうだと思う。

わしは、しみじみと時間節約のむなしさを感じ、楽しい時間消費型とか何かを考えた。仮想空間も楽しいが、手で触るのはもっと楽しい。そして、それが陶芸だったのだ。なんと感動的な!

という実にこれが陶芸のブログか?というわけわからんところからめでたく陶芸に着地したところで終わろう。明日は昼間は生徒さんたちと怒涛の釉薬がけ、昼にスタッフ希望者との面接、そして夜はまた還元の窯たきだあああ。

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2007年2月 3日 (土)

俺様

今度、魯山人の作品の写しをやろうかと思って、本日魯山人を紹介した本をぱらぱら見ていた。

しかし、なんですなあ。

魯山人って、「俺様」ですなあ。

浜田庄二やら富本憲吉やらよりも、俺様の作品がおフランスで評判になったと、威張りかえっている文章を読んだ。はあ~。

白洲正子さんが、「あんなにセンスがあるのに、あんなに無教養な人は他に知らない。」とか言っているし・・

最近流行った、のだめの千秋先輩も俺様だし、楽しみに毎週見ていた仮面ライダーカブトの主人公、天道も超俺様だった。

わしには、到底、そこまで俺様になれそうにない。なんせ、若い頃の好きな言葉は、

「人生ごめんなさい」

むう。

今日、昼飯をうちのスタッフらと食いに行った中華料理屋でも、席に座ると、なぜかわしがお茶入れているし・・

はあ~

これはそもそも名前がいけないのかもしれない。土丸おやぢの本名は「和人(かずひと)」なので、基本的には平和な人なのかもしれない。

それならば、いっそ猛々しい、もしくは一度聞いたら忘れられない雅号かなんかつけて、ちょっとは俺様になった方が陶芸教室も流行るかもしれない。

むう。何にしよう・・

西行法師が好きな高杉晋作は、東行と名乗った。ならば、「北行」はどうか。

「ほくぎょう」・・もくぎょか、ほーほけきょみたいだなあ。だいたい、は行なんか強そうに感じない。「はー」とか「ほー」とかやっぱりだめだな。

しかし、西行とか考えてたら、「西(にし)」にこだわってしまい、すると「西」といえば、「はじめ」しか出てこない。「西 一」って、いなかっぺ大将じゃん。確か、弟は「にし ふたつ」 ますます威厳から遠ざかる。

なんかもうどうでもよくなってきたので、このどうでもよいブログもここで終わろう。

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2007年2月 2日 (金)

これが答えだ

どうもトルマリンというタイトルや記事を書くと、トルマリン入りのなにやらさまざまな商品を売るネットショップがトラックバックというのをつけにくる。

このトラックバックというのが良くわからない。リンクであることは確かなんだけど。どうもよくわからない。おぢさんの知らない間に、世の中は進んでいるんだなあ。

さて、先日トルマリン入りの水差しにお水をいれたら、どうなるか?という実験を行ったが、その結果を発表しよう。

まず、ボトルは3種類

1.ペットボトル(もとはお~いお茶) 2.トルマリンなし水差し 3.トルマリン入り水差し で中に入れたのは、ハワイアンウオーターというミネラルウオーターであった。

まず1のペットボトルを飲んでみる。むう。まあこんな味だな。

次に2のトルマリンなしを呑んでみる。むっ 味が少し違う。少なくともペットボトルのにおいと言うか、雰囲気がしない。少しおいしい。

最後に3のトルマリン入りを飲んでみる。おお!これはさらにまろやかな感じがする。

というように、何度も飲み比べて、一人で納得していると、女房様からクレームがついた。

そんな、目の前に置いてやったら、絶対思い込みで味が違うってなっちゃうじゃないの!私に飲ませて頂戴。というので、ボトルを隠して飲ませてみたら、まるでわからんという。

ええい。情けない。わしがやったる。と、今度は女房様がボトルを隠してわしにブラインドテストをやってみた。

湯呑み注がれた水を飲んでみると、口当たりがスムース。これはトルマリン入りの水差しからのものだ。わしがそう答えると、女房様は、鬼の首をとったみたいに、

「や~い 違うよ~。ただのペットボトルだよ~」と喜んでいる。しかし、喜ぶのはいかがなものか。

うーん。そんなはずはないのになあ。とわしががっかりしていると、女房様は、実はそれはトルマリン入りのものでしたと真実を告白したのであった。

かくして無事に、なんでかわからんが、陶器製水差しとトルマリンの効用は、ほのかに実証されたのであった。

 

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