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2006年11月25日 (土)

初めての陶芸

いつもトルマリンのことばかり考えているわけではない。考えてみれば、このブログは土丸の宣伝のために書いているのだから、トルマリン、トルマリンとこういうことばかり書いていれば、初めて見た人は引いてしまうのではないだろうか?

そこで、バランスをとるためにも、いいかげんでないところも書いておかねば。

人が人に習う、言い換えると教えるということとはどういうことか?どうすれば、わかりやすく、かつ上手にできるか?

陶芸というのは、勉強と違って、理解したうえで実行できなければならない。

たとえば最初に湯呑みを作る。これは理屈では難しくない。きわめて簡単。でもできない。これは、頭で理解していても、手が思うように動いてくれない。その上、どうなればよいのか、あるいは悪いのかよくわからないからではないか。

Dsc01898

初めての陶芸で、やはりなかなかできないのが、「土の寄せ」なのだ。あまり、いい写真がなくて、わしの毛だらけのおやぢ写真だけど、下の方から、土を寄せて、厚さを揃えながら土を締めていく。

これがきちんとできないと、なんかでろーんと上に行くにしたがって次第に広がってくる。これが困る。逆に、これができると、身の回りのものくらいのものなら大体作れる。薄く、高くできるということですね。

わしは、この寄せの手つきを「キョンシーの手」と名づけた。キョンシーが手を前に突き出して、ぶらぶらさせているのとなんか似ている感じがしたから。

しかし、これがさすがに最近若い人には通じない。当たり前か・・

さらには、見た目はキョンシーでも、実際にやるのは指さきで、両方の親指・人差し指でつまんだものがくっつかねばならない。そこで、

「ちょうどパンツにゴムを通す感じ。」と説明するが、これまた、若い人、男には通じない。

陶芸とかを理解するというのは、その人それぞれの経験に応じて、各自の過去の似たような体験との共通点を示してあげるのが一番だ。

それには、比喩、たとえ、が必要で、難しく言うと、メタファーというやつですな。

これが、なかなか良いのが見つからない。わしは陶芸を教えてはいるが、言葉で教えている以上、実に言葉探しの旅なのだなあ としみじみ思うのだ。

どう、ええ話でっしゃろ?というところで、メシができたので唐突におしまいになるのである。豆苗の炒め物だあ!これおいしいのよ。

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