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2006年5月20日 (土)

技術とは何か?

かたーいタイトルです。

今日、基礎コースの生徒さんに教えていて、ちょっと考えてしまった。

初めて陶芸をやった人でも、自分のイメージがある。それを作りたいと思う。自由にやりたいと思う。

けど、わしは最初は自由にさせないのよ。不自由なのよ。

なぜなら、自由にやるためには、やはりある程度の力量が必要だから。それを技術と言おう。では、その技術とは何かというと、わしが考えるに

「再現する力」ではないか?

これは、つまり一つ作品を作ったら、もう一度同じものを作ることができるか?ということ。

抹茶茶碗なんか手でわしわし作っていると、ほとんどはじめての人でもたまにすごく格好良いものができたりすることがある。できあがりを見て、こりゃあいい。また作ろうとしてもできない。

これは何かというと、再現できないんだな。ということは、以前できた良いものは偶然だったわけだな。

まあ、芸術やアートの世界は偶然も大切なのはよーくわかっている。

しかし、陶芸というものはそもそも偶然の占める範囲が大きいものなのだ。それは結局、一番大事な焼成をするときには触れないし、見えない。温度を上げ、炎をぶつけ、外から想像し、祈っている。

それに陶芸は果たしてアートか?というと、これが意見が分かれるのだな。昔から。

アートかクラフトか?まあ、本当はどっちでもいいんだけど。

とにかく、普通の人は、陶芸を始めるとまずはやはり身の回りのものが作りたい。自分の作った湯呑みや茶碗が欲しい。うまくいけば、家族や友人の分まで作りたい。

ということは、ある程度の再現性がないと困るわけだ。その再現できる技術を身につけるのが教室だわな。

もちろん、陶芸教室なんて楽しくなければ、誰も来ないし、わしも楽しくないものはいやだ。楽しむための最低限必要な力を練習するわけだな。

たとえば、最初茶碗を作ると、手もコテも思ったように動いてくれない。自分の欲しい形というものはぼんやりとあるが、それをどうやって作り出して良いのかわからない。

ろくろを回して土をいじっていると、あっちが膨れ、こっちがくぼみ、そんな時に、生徒さんはわしに言うのだ

「こんなになっちゃいました。」

こんなになっちゃったって、そんなにしたのは自分でしょうが。

このレベルはわしは密かに「いってこいレベル」と呼んでいる。人には言わないけどね。どんな茶碗になるかは、コテやろくろや土に聞いてくれ、それー行ってこーい。できたものが欲しかったものに近ければ幸いですということやね。

実は、このレベルの人は、作りたい形というものがまだ本当にイメージできていない。なんか非常にぼんやりとあたまにあるだけなのだ。

自分の力量や土の性質がだんだんに理解できてきて、慣れるにしたがって、それまで何の気なしに使っていた茶碗や湯飲みも少し注意深く見るようになってくる。そうすると、作りたいもののイメージもだんだん鮮明になってくる。

すると、その自分のイメージに対して、技術が不足しているので、なかなかイメージどおりに作れない、なかなかうまくならないとぼやくレベルになる。「ぼやきレベル」やね。

ここで辞める人が多いのよ。

そんで、もっと続けた人は、次第に自分の思った形がそのままできるようになってくる。最初は楽しいわな。このあたりが、本当の意味での「中級レベル」やね。

趣味ならば、このへんで留まっておくのが無難。この先に行くと、「美しい形、イメージ」を求めてさまようことになる。こりゃ大変だわな。

なんか、よくわからん話になってきたなあ。このへんで止めよう。もう眠いわ。

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2006年5月18日 (木)

何ゆえ私は陶芸教室を始めるにいたったか

さて、またブログの更新をしばらく怠っていた。

パーチー計画はしばらく棚上げにして、ぜんぜん違うことを書こう。どうせ、もっと土丸展が近づかないと真剣にやらないのはわかりきっていること。

陶芸教室土丸をはじめてもう8年になる。なぜに陶芸教室なぞ始めてしまったのか、書いてみよう。

10年ほどまえ、わしはまだ勤め人で、仕事は経営コンサルタントというものだった。こう言ってはなんだが、そこそこ仕事はできた方だと思う。でも、性格、行動は現在ご存知の通りで、かなりバランバランだったような気がする。

主に営業やらマーケティング関連のことをやっていたが、そんな時、ある所から新規事業の相談を受けた。まあ、某フィットネスクラブです。

相談の内容は、体のことだけでなく、今後はカルチャーもやっていきたいという。ついては、当時陶芸が少し流行っていたので、陶芸なんぞよいではないかという。というか、陶芸教室をやりたいというので、わしのところに相談が回ってきた。

相手の部長さんに会って話を聞いてみた。フィットネスもカルチャーもやることによって、お客さんのロイヤリティはもっと上がるのではないかという話だった。

その部長さんは別に悪い人ではなく、ただビジネスの話をしていただけだが、わしは次第に気分が悪くなってきた。

ふと気がつくと、わしはなんか怒っていた。そうなのだ。自分でも気がつかなかったけど、その部長さんが、まあ絵画でも彫刻でもなんでもいいけど、とりあえず流行っているので陶芸みたいに陶芸を扱い、話をするのにむかむかしていたのだ。

わしは信楽の生まれで、家は焼き物屋とうか、そういう会社をやっている。自分が焼き物に関する仕事をするなんて想像もしたことがなかったが、どうも、やはり陶芸に対する思い入れがあったようだ。

そんな自分に驚き、そして考えた。部長さんは悪い人ではないが、そんな考え方で陶芸教室をやったら、まずだれぞ講師を雇い、その講師に教室の中身も運営も丸投げしてしまうだろう。メインはフィットネスクラブだし、そんなに力を入れられるわけがない。ということは・・・陶芸はけっこう面倒だということは良く知っている。

ちょっと考えればわかる。うまくいくわけがない。何よりそこに通うようになる生徒が気の毒だ。

ええい、それならわしが教室を作ってみようかな。とそのとき、ふと考えたのだ。

思えば、陶芸教室を始めようと思ったきっかけはそこにつきる。

土丸の沿革は、実はそれはそれでけっこういろいろあり、面白いのだけど、今夜はもう面倒くさくなってきたので、このへんでやめよう。

いつになるかわからんけど、たぶん続く。

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