2009年7月 9日 (木)

大人になりたい

わしはタバコを吸う。あんまり良くないとは思いながらも、延々吸い続けている。

そんで最近というか、去年だったかから、タスポというカードがないと自動販売機でタバコが買えなくなった。しかし、タスポは作ってないので、なかなか買えない。実に面倒。

タバコを吸う人はよくわかると思うけど、いつかは止めようと、心のどこかで思っているので、タスポは作りたくない。タスポを作るということは、「わし、これからも吸い続けるからね。」と宣言するに等しいからな。当面止める気はないけど、ずっとすい続けるつもりもない、時が来れば止めるさ、ただその時がこないだけ。まあ、ずっと来ないような気もするけど。

しかし、タスポなしでも買える自動販売機があるのだ。かなり前から、「カードなしでもタバコが買える!」というのぼりがたっている自動販売機があるのです。

わしは、最近週に一度は、用事があって築地に行く。そんで用事を済ませ、帰るときに、その道にこの「カードなしでもタバコが買える自動販売機」があるのです。

3ヶ月前ほどにそれを見つけ、通るたびに試してみるけど、実はまだ一回も買えてない。

その機械にはカメラがついていて、そのカメラに顔を写し、すると機械が大人かどうか顔で判断するというものなのだ。

初めてそれを試した時は、なんだろうと思って、気軽にやってみた。機械が、大人じゃないと判断した時は、運転免許証を挿入しろとか書いてある。

カメラの前にたって、ぽちっとボタンを押すと、機械がうんうん考えて、「免許証を入れろ」と表示がついた。おれは大人じゃないのか。

免許証出すのが面倒なので、その時は何も買わずに立ち去った。

次に来た時にまた試してみる。よく見ると、めがねをはずせとか、目をぱちぱちしろとか書いてある。

そこで、めがねをはずし、目をぱちぱちしてみた。やはり、免許証サインが出る。また、大人と認めてくれなかった。

だんだん悔しくなってきて、通るたびに試すようになった。昨日も通ったので、思いっきりめをぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちしてやったが、やはり免許証。

俺の顔は大人じゃないのか。48だぞ、俺は。十分に大人だろ。

そういえば、なんかニュースで見たことがある。小学生で、この機械で買えたやつがいるらしい。48のわしは買えん。

まさか精神年齢を推測するわけじゃなかろ。しかし、タバコを買えないと言うことは、実は俺は10代に見えるということか?そんなことはない。だろうと思う。というか、ありえないでしょ。

というように、その機械と向き合うたびに、大人とは何か?自分とは大人ではないのか?という根源的な問題に直面するわしであった。しかし、最終的に免許証で確認できるなら、最初からそれでいんじゃないか?そんで、それでいいなら、タスポいらないんじゃないか?と大人の事情を一切考えずに、ただ不平に思うわしであった。

タスポになって、良いことは、カートン買いするようになって、したら、ライターくれるので、ライターがいっぱいになった。そんなに吸えません。すいま千円。

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2009年7月 5日 (日)

土丸展を機会に復活

実に身も蓋もないけど、タイトルの通りで、土丸展を機会にブログをまたまた書くことにした。本当に久しぶりで、なんかアクセスの記録を見てみたら、けっこうアクセスされているではないか。まことにすまんすまん。

今週の火曜から、毎年恒例の土丸展が、これまた恒例の大倉山記念館でやっている。このブログを幸いにも、7月5日の午前中に見られた方は、ラッキーです。7月5日の夕方5時までやってるから、走れば間に合います。10分ぐらいなら、閉めるの待ってます。

この7月は、土丸展のほかに、わしというか土丸におおきな出来事があったのだ。知っている人は知っているけど、土丸自由が丘が、陶芸教室「つぼみ」に変わったのだ。

昨年のリーマンショック以来、もともとふらふらの陶芸教室の運営がさらにふらふらで、ああどうしようと思っていたら、土丸のスタッフの一人の中村さんが「わたし!やりまあす!」と手を挙げ、無事に譲渡。独立という運びになったのだ。

これは実にめでたいことではあるまいか。独立である。インデペンデントである。大変である。でも、教室としてはすでに立ち上がっているので、ゼロからやるよりはずっと楽だけど、それでも大変だ。そうだそうだ。

この感想や顛末は、また落ち着いたらゆっくり書こう。

それよりも、ぜんぜん細かいことだけど、質問がコメントでついていたので、これの回答をせねばならん。冷却還元についてだ。

冷却還元とは、温度を下げながらも還元を続けるという焼き方で、この還元度合いを強めれば、炭素、いわゆる「すす」ですな、が増えて、「炭化(たんか)」に近い状態になってくる。

具体的に言うと、通常は窯の温度が900度過ぎたくらいから還元をはじめ、1200度を少し超えたところまで還元を続ける。窯によって違うが、5~6時間くらい還元する。

冷却還元は、それから最高温度になった状態から、900度付近になるまで、ゆっくりと温度を下げながら、還元を再び続けるということなのだ。

細かいやり方は、窯の状態やら、好みやら考え方やらで違うけど、おおざっぱに言うとそんな感じで、ゆっくり温度を下げるというのがポイントになる。うちに来ている西村先生は、超長い冷却時間が好きで、何十時間もかけて冷ましていくが、わしは数多くある生徒の作品をそんな時間をかけて焼くことは無理だ。ということで、少し負けてもらって、10時間ほどやった。

それで、なんでそんな面倒くさいことやるのかというと、それは作品が格好良くなるからなのだ。それも全部じゃないよ、やはり向き不向きがある。

単純には、信楽焼とか備前みたいな焼き締めものとか、志野とかが似合うといわれている。なんでかというと、これまた大雑把な話だけど、そういう焼き物はもともと薪で焚く穴窯で焼かれてきた。

穴窯というのは、やったこともある人はわかるけれど、薪をどんどんくべて、最高温度に達して、よしっここまでっと思ったら、全部蓋をしてしまう。閉じこんじゃうのだ。したら、窯の内部にはまだ当然燃えカスというか、薪が残っているので燃え続け、閉じられているので、酸素が当然不足する。そういうのを還元状態という。その状態のままで、ゆっくりと温度が下がっていく。ということで、冷却還元というのは薪で焚く穴窯の代用みたいなもんだとわしはおおざっぱに理解している。

それで、4窯というか、最終的には5窯やったその結果は!

じゃ~ん! 

いいのもあまり良くないのもありましたあ。

という実に普通の結果になったのであった。確率を上げたいけど、窯の制約があるので、あんまり無理はできないなあ。土丸展と、自由が丘教室というたいへん大事な話を始めておきながら、冷却還元で終わってしまった。でも、まあ、わしのブログはこんなもんです。

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2009年2月20日 (金)

ぐだぐだと再開

さてまあずいぶん長いことブログを書かなかった。あんまり長いので、いつからだろうとか、つい以前書いたものを振り返ったりしがちだが、そこはあえて何もしないのだ。

さらには、何か特別なネタがあって再開というわけでもない。何人かの生徒さんから嫌味を言われたからで、じゃあ何か書いておくかというもの。

だいたい、今後も必ず意味なく中断することは必ずある。そんで、再開するのに、特別なネタみたいなのを用意せねばならないような、わざわざハードルを上げることはしないほうがよかろう。

ネタ1 先日、車を運転していたら、信号待ちで向かいに幌かぶっていないカブリオレが止まった。2月なのにご苦労だなあと思って見たら、けっこう年配のカップルだった。二人ともあったかそうな帽子をかぶって、ゴーグルをしている。見た感じ、60後半というより70ぐらいかな、すごいなと思っていた。

だんなの方はいかにもうれしそう。すごい楽しそうであった。が、しかし、助手席に座るたぶん奥さんは、ものすごい憮然とした顔をしている。ぜんぜん楽しくなさそうだ。あたしは、こんな帽子とかめがねかねなきゃいけない車いやなの。あの屋根のついた車がいいの。これ寒いし、頭なんかむちゃくちゃになるし、大体、車に乗るのに厚着しなきゃならないなんて、そもそもおかしくない?そんで、なんであなたはそんなにうれしそうなわけ?馬鹿じゃない?というか、馬鹿?それともあたしが、こんなに寒がってるのを見るのが楽しいわけ?

という会話は聞こえないが、まるっきりそういう会話が聞こえてきそうな雰囲気が、横断歩道をはさんだわしの車にまで伝わってきそうであった。奥さん。気持ちはわかるけれど、それが幸せというものなんだよとわしはつぶやき、反対側に走り去ったのであった。

ネタ2 陶芸関連でいうと、最近冷却還元というのをやっている。というか、テストというか、実際に生徒さんの作品を焼いているので、テストというと、失礼千万だが、生徒さんにも、「まあ、みなさんの作品を使って行うテストです。」と口がすべり、大顰蹙で、わしは政治家にはなれないなあ。そんで力いっぱい努力します。だから、出来上がりが思わしくなくても、文句言わないでね。とこれまたとてもプロとは思えない弱音というか、懇願というか、して実行に移している。

今日は、2回目の窯。前回と焼成時間は変えないで、窯自体と窯詰めを変えてみた。あと2回分の窯たくほど作品あるので、計4回やることになる。当然、試行錯誤しながらやるので、たぶん4回目はかなりましになるのではないか?すまん、一回目の人よ。でも、わしは「あ~この人の作品、焼いちゃおう。」とかぜんぜん思ってませんから。また、思わないように、作品にはつけるメモには、生徒の名前不要としている。まあ、書いてくる人多いけど。

だいぶたくさん、字を書いたな。これぐらいでよいだろうか。13分かかった。朝の忙しい時に何をするんだろうわしは。本当に、人生って不思議なものですね。

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2008年12月 8日 (月)

今やりたいことは何か?

師走になって、あわただしくなる一方のわしであったが、なんとか今年も年を越せそうなので、一応ほっとする今日この頃。

忙しくなると、人間、「これが終わると、あれがしたいなあ」とか「あそこ行きたいなあ。」とか考えるでしょう。そこでわしも考えた。

わしは、今何がやりたいのかなあ。

真っ先に浮かんだのは、「寝たい」ということで、これはその通りで、2、3日ごろごろ寝たい。近所にスパなどあるので、そこでごろごろしたい。快適なベッドというか寝転べるいすみたいなのもあるので、本など読んでごろごろいいなあ。

温泉に行ったりするのもよいけど、行き帰りが面倒なので、5分で行けるそこでよい。しかし、なんですなあ。夢がありませんなあ。

あまりに夢がないので、自分でがっかりし、次にしたいのは何か考えたら、「陶芸」だった。これもどうよ。陶芸教室のおやぢの言うことかあ??

しかしお立会い。わしは、ほぼ毎日土を触ってはいるけれど、自分の作りたいものなんか全然作ってないのよ。そんで、この年末年始、楽しみにしている。少し時間が取れそうなので、そこで集中してなんか作っちゃう。うき~

年末年始、何もしないごろごろ日を1日作る。そんで、誰もいない教室でひたすら作る。ううむ。しかしなんですなあ、これまた夢がありませんなあ。

そこで、またまた考えた。もっと夢のあること。このブログに書いて、みなが「おおっ!さすが!」と言えるようなものはないのか!!

  ない!

ハワイとか、ラスベガスとかも考えた。確かに、ハワイでふらふらするのもよいだろうし、ラスベガスで不眠不休で博打打つのも楽しそう。

以前、ラスベガスに行ったとき、2日ほどずっとブラックジャックをやっていた。あんまり寝てない。50ドルくらいから始めて、最高300ドルくらいにまで増やした。もちろん、終わる時はすってんてん。それでいいのだ。

けど、行き帰りがとても面倒くさそう。こういうことを言う時点で、終わってるな。

というような、たいへんちっちゃな野望しかないわしであった。ありゃ、もうすぐ誕生日じゃん。確実に年だけはとっていくことだなあ。

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2008年11月16日 (日)

金融不況

世の中は金融不況というので大騒ぎ、自動車も世界中で売れなくなっている。陶芸教室はどうか?あんまり影響ないのでは?とか思われるかもしれないが、これはたぶん大きな影響が出ているのであった。

大体、影響が出ないわけがないのだ。株価があれだけ下がると、銀行や保険会社がおかしくなるので、貸し出しが厳しくなる。世の中のほとんどは中小企業なので、そこがおかしくなり、ボーナスなども抑えられるだろう。

それよりも何よりも、陶芸教室というのはやはり50代以降の方が多いので、資産の悪化が効いて来るのでは?と思う。直接株式に投資している人はそんなに多くはないだろうけれど、投資信託みたいなものを買っている人は多いのではないか?

銀行金利はバブル崩壊後、今に至るもほとんどただに等しい。同じ貯蓄を考えるなら、少しでも有利なものと考えて当然で、その受け皿が投資信託やら、なにやらだったわけで、その投資信託は株式やら商品やらに投資していたわけだから、株式が下がると、分配金やらが減ってくる。

そりゃあ、支出を絞るわなあ。

今すぐにお金に困ることはないけれど、将来に対する不安があるとためようとするのはあたりまえ、すると趣味ごととかに使うお金はまず最初に絞るわな。わしもそうする。

その傾向は出ている。9月の中ごろから明らかにおかしくなった。どうすんべえかとずっと考えているわしなのであった。

教室としてできることはあまり多くない。基本は、楽しく、いいものが作れるような教室を維持していくことだろう。どんな状況でも人は楽しさを求めるから、それに応えられないと話にならない。

次はやはり価格だろうか?しかし、もともと土丸は、はっきり言って安いので、値下げなんぞとてもできない。それどころか、ちょっと前まで原油高騰からくる原材料がすべて上がっていたので値上げを考えていた。

陶芸教室を始めるとき、普通の人は趣味ごとにいくらぐらいお金を使うだろうと考えた。いろいろ調べたりしたけれど、10年前は月に1万2千円ぐらいだと考えて、教室を作った。6年前、デフレが続き、とても、1万2千円は無理だろうと思った、若い人たちは携帯にお金がかかりだし、教室から若い女性が減った。これはどんなお稽古事もそうらしかった。

それで、月に通常なら全部で1万円でできるように、教室の価格を変えた。それから6年間。これで、大体うまくきたけれど、この見直しが要るのかもしれない。むう。

あとは、教室で待ってるのではなく、外に出かけていくことだろう。陶芸やりたいと心の中で思っている人はけっこう多いはずで、こちらからそういう人の近くまで出かけていって、楽しさを見せびらかしたり、体験してもらうことだなあとか考えている今日この頃のわしなのだ。今回のブログは、実にお勉強になるよい話ではなかろうか?おしまい。

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2008年11月12日 (水)

わが人徳

人徳などと偉そうなことを書いては見たが、実は内容は人徳でもなんでもない。

今日も教室で食べ物をもらった。昼飯食って、窯の前でタバコを吸っていたら、年配の生徒さんがいきなりやってきて肉まんをくれた。ありがとう。さっそくいただきます。

一昨日はチョコをもらった。その前はなんだったけ?みかんとパンだ。

なんかしらんけど、わしはやたらと食べ物をもらえる。そうだ、味噌ももらったなあ。

わしはくれるものは、病気と借金以外なんでもありがとうと言っていただく主義なので、すべてありがたく頂戴する。どうもみなさんありがとうございます。

そういえば、社会保険センターが始まったころ、そこの生徒さんがやたら「先生はビール飲みますか?」と聞く。そりゃあ飲む。と答えてたら、中元歳暮にみなさんビール券をくれた。ものすごいたくさんビール券が集まり、たいへんありがたい。

土丸の方では、ほとんどそんなものもらったことなかったので、なんでだろうと不思議だった。どうやら、他の講座では生徒が先生にけっこうそうやって中元歳暮を贈っているらしい。

中元歳暮をもらったからと言って、えこひいきするわけにもいかず、ビール券をくれた人だけ、粘土を大盛りにもできないので、わしが生徒さんに接するのは、なんにも変わらない。そもそも、わしはものをもらって、もらった時は喜ぶが、すぐに誰からもらったか忘れてしまう。ものすごい失礼な男なので、見返りはまったく期待できない。

どうも、この先生は、ものをあげてもだめだというのが伝わったのか、いつの間にやら、ビール券はほとんどもらえなくなり、(わし、一度も虚礼廃止とか言ってません。虚礼大好き)現物で、メロンパンだの、缶コーヒーだの、缶ビールだのくれるようになった。

おかげで体重がぜんぜん減りません。

食い物ばかり縁がある。お金、金目のものはまったく縁がない。へへへ。笑うしかない。

そういえば、社会保健センターというのは横浜中華街のすぐ近くにある。そこで昼飯は当然中華料理ということになる。なんでかしらんが、何度か行くと、店の人がやたらとサービスしてくれる。

大盛りをただにしてくれたり、閉めている店をわしだけのために開けてくれたり、この間も、半年振りぐらいに行った店なのに、おばちゃんはよく覚えていて、760円を600円に負けてくれた。うれしいけど、なんでだろう。

ある時なんぞ、ある店に入ったら、やたら混んでる。こりゃだめだと思ったら、こっちにこいという。厨房に入り込み、麺打ち台をテーブルにして飯を食った。わしはなんなんだろう。

まあ、よくわからんけど、今まで生きてきた感じで言うと、どうもお金にはあまり縁はなさそうだけど、とりあえず食ってはいけるようなので、よしとするしかないかと思う今日この頃、実は、今日もらった肉まん、まだもう1個あるのだけれど、もう夜中の2時だし、食うべきかどうかかなり悩んでいる47歳、もうじき48歳の秋であった。おしまい。

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2008年11月 7日 (金)

天気晴朗なれど浪高し

ああ~耳がかきたい。耳かきが欲しい。しかし、耳かきがない。

正確には耳の穴をかっぽじりたい。そんで耳かきが欲しい。が、あるにはあるけど壊れている。

耳かきが壊れるとはどういうことか?よくわからんが、わしが愛用していた耳かき、柄の部分はあるけれど、肝心な耳をかく部分がなくなっている。柄の部分も、がじがじになっている。これは、わしががじがじにしたのではなく、うちの犬がしたのです。がじがじ。

それで、耳がかけなくて、わしが悶々としている深夜であった。

最近、妙にものが壊れる。さいわい、このパソコンは今は大丈夫だけど、いつか壊れるのかな、そういうことを書いていると壊れるかもしれんから、知らないふりをしよう。

大倉山の教室の窯が壊れた。電気窯で、もう10年使っているけど、初めての断線。10年も使って、断線が一度というのはかなり上出来だが、ついに先日切れてしまった。

直さねばならない。むう。わしは、陶芸教室を始めるときに、窯屋に行って、直し方の講習なども受けてきた。おかげで、とりあえず自分で直せてしまう。このとりあえず自分でできてしまうというのが実はよくないのではないかと最近思いだした。

自分で直せば安く済むのでけっこうだが、仕事が増える。しかも、この窯の断線というのは、結局、その部分を張り替えねばならない。張り替えたら、まずは急激に温度を上げ、新しい線の表面に酸化膜を作る。そうしないと、また切れやすくなる。

それから、正常に動くか試し焼きをしたりする。するとどうしたって一度切れたら、早くても3~4週間くらいは使えない。その間にも教室はやっているので、生徒さんが釉薬をかけたものはせっせと他の教室に運んで焼かねばならない。

釉薬をかけた作品を運ぶのは、気を使うのだ。作品の底に、布テープを丸めたものを3箇所ほどしっかりと貼り付け、箱の中に固定する。そんで車に積んで、おっかなびっくりと運ぶのだ。

かくして、断線が起こると、わしはせっせと作品などを運ばねばならない。

ぜんぜんタイトルとは関係のない内容だが、そんな気分なのだ。ああ、いっそ修理なんて自分でできなけばよいのにとか思えてしまうが、できてしまう自分がにくいよ、このこのっというところで、今週もブログを終わろう。ほんと、たいへんなのよ。

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2008年11月 1日 (土)

なんとなくの話

まあ、また長いことブログを更新しなかった。

昨日というかゆうべ、生徒さんから「なんで?」と聞かれたけど、別に明確な理由があるわけでなく、なんとなくとしか言いようがない。

そう。なんとな~く、書いてなくて。そしたら別に書かねばならないことなんて特にないので間が空く。

間が空くと、再開するにはやはり何か書くべきことがあって書かねばならないような、まあそんなたいしたもんでもないのだけど、一ヶ月ぶりのブログで、「犬の○○○を踏んだ」とかいう話なんて書くのもなあということになり、ますます縁遠くなる。ちなみに○○○は踏んでません。本当です。

そこでゆうべ寝ながら、あんなこと言われたし、ブログ書かねばなあとか考えていたら、はたと気づいた。

これって、わしがやっている陶芸教室に来る生徒さんとまったく同じではないか!

何か理由があったり、まあなかったりしてしばらく教室に来られない生徒さんがやはりおられる。すると、再開しようとすると、やはりなんらかのきっかけと動機付けが必要で、それがないと、別に陶芸は嫌いじゃなく、好きなのだけれど、なんとなく縁遠くなってしまう。

おおっ!こういう心理はもちろん知ってがいたが、自分がそうなると再認識で、思わず風呂の中で「われ発見せり!」と叫びたくなるような気もする。ガリレオだ。ユーレカだ。

そんでどうするかは、また別の話で、これから考えんといかん。ずるずる考えよう。しかしなんですなあ、お布団の恋しい季節になりましたなあ。今朝なんかも、目覚ましは5時55分とかにセットしたけど、それを止めて、ブログ書くために5時55分におきるのもなあ、この布団の中にくるまれて、ほにゃほにゃとしたふわふわの幸福感にもっと浸りたいと思ってたら、8時になった。

いかん、いかん、もう起きねば。今朝は特に車の中に他に運ばねばならない作品載せているのでゆるゆる運転せんといかんし、時間かかる。でもしあわせ、あと5分。

ということで、8時8分ぐらいに起き出して、とりあえず一番懸念のブログを書いているのであった。しかし、朝おきて、一番の懸念がブログというのは、こんなことでよいのだろうか?まあいいやということで、どうでもよいことをまた書いていこう。たぶん、わしはこういうことは基本的にやはり好きなんだろうなあ。うむうむ。

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2008年9月13日 (土)

秋の展示会

わしが委託で引き受けている「かながわ社会保険センター」というところでは毎年10月の頭に「文化祭」と称して、すべての講座の発表会みたいなのをやる。

わしは陶芸教室なので、使っている教室を利用して展示会をやる。基礎コースを終了した人は有無をいわさず全員出品ということにしている。基礎を終了した人って、170~180人くらいいるかしら。けっこう教室中作品だらけでいっぱいになる。

まあ、毎年やっているのだが、今年はちょっと生徒さんに無理を言うことにした。

出す作品に銘というか、タイトルをつけてもらう。どんなタイトルでも良いけど、茶碗に「茶碗」というタイトルはいけません。見ればわかるから。

ポエムな、とっても恥ずかしくなるようなのを希望と伝えた。これは、毎年、作品につける名札とか、わしがパソコンで作っているのだが、退屈なのだ。そこで、まずはわしを楽しませて欲しいとお願いした。職権乱用ですね。

土丸展でもタイトルをつけても良いとしているが、こちらは任意なので、するとやはり茶碗に「茶碗」とついてくる。これは、名札を作るほうではたまらん退屈です。

今まで土丸展で最高にううむというタイトルは、「禁じられた愛をはぐくむ二人のためのポトフ鍋」というタイトルで、この作者に対し、わしは思わず、「ポトフって何ですか?」とたずねてしまった。「そこかよ!」って返された。突っ込むところが違いましたね。

このように、白い茶碗ならば、「初雪」でも「初恋」でも「マッキンレーの残雪」でもかまわんけど、最高に恥ずかしくなるようなやつをつけて欲しいのだ。

生徒はいやがるであろうから、逃げ道も用意した。名前を変えても良い。号でも仮名でも可ということにした。タイトル重視。すると、ある生徒さんは、「吉永小百合」でもいいですか?って聞いてきた。それはかまわんけど、わしの心情的にはいやだと答えた。

すると、ゆうべ意外な質問が・・恥ずかしいタイトルつけて、名前を変えたら、友達とか見に来てくれても、私の作品見つけられないのでは?  なるほど  そうかもしれん。すみません、考えてませんでした。友達には、仮名を教えといてください。

今回は色化粧を使ってグラデーションつけた花入れとかあるので、たいへん楽しみである。どんな恥ずかしいタイトルがでてくるかなあ、わくわく。

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2008年9月 4日 (木)

解放!

ずいぶん長いことブログを休んでいた。ブログをはじめてから最長ではなかろうか?

何をしておったのかというと、別に変わったことでもなく、決算というやつだ。一応会社組織にしているので、決算というのが、毎年やってくる。もう10年やっているので、いいかげん慣れてもいいはずなのに、今年は悪いほうに慣れてしまっていた。つまり、これぐらいでできるだろうというので、準備がいいかげんだったということですね。

お盆の前あたりからさすがに焦りだし、合宿と称して、教室に泊まりこんだ。

毎年は、家のパソコンでかちゃかちゃやっていたのだけれど、わしの部屋は暑いのです。夜中になってもすごい暑い。エアコンはついてない。

それに加えて、家にいると、ついついテレビは見るわ、犬と遊ぶわ、寝転んでそのまま寝てしまうわということになるので、思い切って夜は教室に行き、広い机を独占でカチャカチャすることにしたのだ。

税理士さんとかに任せればそいでないの?と思われるかもしれないが、金がないのと、なまじっかわしがある程度できるのがよくない。自分でやってしまう。経理も自分なのですね。このいいかげんなわしが経理。うちの会社はあぶないなあ。

損益計算書と貸借対照表を作り、税務署に出す申告書に書くのだけれど、この税務署の申告書というのが、複雑怪奇。毎年ながらわけがわからん。なんでこんな書式なんだ。しかもマニュアルみたいなのを見たら、これも説明がわけがわからん。

経理というか、財務というのは本当はそんなに難しくないはずだけど、この書式では確かに専門の人でないと困るわなあ。何がわかりにくいのかというと、いろんなケースに応じて書く欄がいっぱいあって、うちは陶芸教室で、ほとんどが現金なのできわめて単純。ほとんどいらないのだけれど、どこに書いて良いのか、もう10回やっているけど、さっぱりわからん。

そんで、毎年前年のを見ながら、ここはこうだったなあとかやっているのだ。でも1年前のことだし、忘れてます。はい。

というような愚痴をこぼしているが、とにかく物事には終わりがくるもので、なんとか終わって大解放され、今日は本当に本当に久しぶりのお休みになる予定なのだ。

休みがうれしくて、ばかに早起きして、そんでブログかいてしまった。つまらんブログで申し訳ない。でも解放されたので、これからは、もう少し頻繁にくだらんことを書くようにしようそうしようそうしよう。

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